要約
アモスはユダのテコアの牧者で、神は紀元前八世紀、ヤラベアムの時代に彼を北王国イスラエルへ遣わしました。貧しい者への不正と、正しさのない礼拝を告発します。いなご、火、下げ振りの幻の中でとりなし、やがてさばきを告げました。しかし書は、回復の約束で終わります。
アモスという名前の意味
アモスという名は、ヘブル語で「担われた」や「重荷を負う者」を意味する語に結びつけられるのが一般的です。聖書にはこの名の説明がないため、意味は確かではありません。
アモスの生涯
テコアの牧者
アモス書1章1節アモスはユダのテコアの牧者の一人です。ユダの王ウジヤとイスラエルの王ヤラベアムの時代に主の言葉を受けました。預言者の学校の出ではなく、神が彼を北王国に遣わして語らせます。そこでは礼拝も公義も損なわれていました。
諸国へのさばき
アモス書1章アモスはまず、隣の諸国の暴力と残酷さに対する主のさばきを告げます。この一連の宣告は、聞く者に、やがてさばきがより多くの光を受けたユダとイスラエルにも及ぶことを聞く備えをさせました。
主を求めて生きよ
アモス書5章4-24節神はイスラエルに「わたしを求めよ、そして生きよ」と言われます。公義をにがよもぎに変え、正義を地に投げ捨てる者を責め、正しさのない礼拝の祭りや歌を退けます。公義が水のように、尽きない川のように流れるよう求めました。
幻と反対
アモス書7章アモスはいなごの幻、次に火の幻を見ます。彼がとりなすと、主は思い直されました。三番目は民の中に下げ振りが置かれる幻です。ベテルの祭司アマジヤはアモスが王に陰謀を図っていると訴え、去るよう命じますが、アモスは神の新しい言葉で答えました。
終わりと希望
アモス書9章書は、さばきの最後の幻で終わります。しかし主は、さばきに最後の言葉を与えません。倒れたダビデの幕屋を立て直し、民を連れ戻すと告げます。民は町々を建て直し、自分の地に住むようになります。
アモスから学ぶこと
- 神は、正義と公義から切り離された礼拝によっては尊ばれません。
- 神は牧者のような普通の人を召し、勇気をもってご自分の言葉を語らせます。
- アモスのように民のためにとりなすことは、預言者の使命の一部です。
- 神に仕える者は、アモスがアマジヤに向き合ったように、ときに反対にあいます。
- 神のさばきには、いつも回復への開かれた扉が伴います。
鍵となる聖句
「あなたがたはわたしを求めよ、そして生きよ」。イスラエルへの神の呼びかけは単純で率直です。いのちはベテルやギルガルの礼拝所にではなく、主ご自身を求めることにあります。
「悪を憎み、善を愛し、門で公義を立てよ」。町の門は裁判の場でした。アモスは、貧しい人が踏みにじられず、そこで公義が正直に行われるよう求めます。
「公道を水のように、正義をつきない川のように流れさせよ」。神は、生きて絶えず、豊かに社会に流れる公義を望まれるというアモスの確信がまとめられています。
いなごの幻を前にアモスは祈ります。「主なる神よ、どうぞ、ゆるしてください。ヤコブは小さい者です、どうして立つことができましょう」。さばきを告げるだけでなく、民のためにとりなし、神は思い直されました。
よくある質問
なぜ神は牧者のアモスを選ばれたのですか。
書は彼をテコアの牧者の一人として紹介します。神が祭司や職業的な預言者だけを召すのではないことが分かります。すべての理由は述べられていませんが、彼を遣わしたのは神であって、宗教家としての経歴ではないと強調されています。
アモスという名前の意味は何ですか。
ヘブル語で「担われた」や「重荷を負う者」を意味する語に結びつけられるのが一般的です。聖書に説明はないため、慎重な推測にとどまります。預言者イザヤの父アモツとは別の名です。
アモスの物語は聖書のどこにありますか。
アモス書は十二小預言書の一つで、九章からなります。召命と宣告は1章から6章、幻は7章から9章にあります。ベテルの祭司アマジヤとの対立は、アモス書7章10-17節に記されています。