聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 112
概要
詩篇112篇は、主をおそれ、その戒めを大いに喜ぶ人のさいわいを描いています。各行がヘブライ語のアルファベット順に並ぶ、いろは歌の形をした詩です。神について語る111篇と響き合い、112篇は神に似た人の生き方、すなわち正しく、あわれみ深く、惜しみなく与える姿を示します。この姿は、試練のない人生を約束するものではなく、悪いおとずれを恐れない揺るがない心を約束しています。詩篇は、願いが滅びる悪しき者との対比で結ばれます。
この章の4つの区分
1主をほめたたえよ。主をおそれて、そのもろもろの戒めを 大いに喜ぶ人はさいわいである。
2その子孫は地において強くなり、正しい者のやからは祝福を得る。
3繁栄と富とはその家にあり、その義はとこしえに、うせることはない。
4光は正しい者のために暗黒の中にもあらわれる。主は恵み深く、あわれみに満ち、正しくいらせられる。
5恵みを施し、貸すことをなし、その事を正しく行う人はさいわいである。
6正しい人は決して動かされることなく、とこしえに覚えられる。
7彼は悪いおとずれを恐れず、その心は主に信頼してゆるがない。
8その心は落ち着いて恐れることなく、ついにそのあだについての願いを見る。
9彼は惜しげなく施し、貧しい者に与えた。その義はとこしえに、うせることはない。その角は誉を得てあげられる。
10悪しき者はこれを見て怒り、歯をかみならして溶け去る。悪しき者の願いは滅びる。
鍵となる聖句
主をほめたたえよ。主をおそれて、そのもろもろの戒めを 大いに喜ぶ人はさいわいである。
詩篇は、主をおそれる人のさいわいで始まります。神をおそれるとは、神を敬い、信頼することです。それは、神の戒めを愛することへとつながります。
光は正しい者のために暗黒の中にもあらわれる。主は恵み深く、あわれみに満ち、正しくいらせられる。
正しい者のために、光は暗黒の中にもあらわれます。本文は夜がないとは言わず、神がその中に光をのぼらせてくださると語っています。
彼は惜しげなく施し、貧しい者に与えた。その義はとこしえに、うせることはない。その角は誉を得てあげられる。
彼は惜しげなく施し、貧しい者に与えました。パウロは施しについて語るとき、この節を引用しています(コリント人への第二の手紙9章9節)。ここでは、信仰が貧しい人々への具体的な行いとなって表れています。
詩篇112篇についてよくある質問
詩篇112篇はどんな意味ですか
詩篇112篇は、主をおそれる人の姿を描いています。神の戒めを愛し、正しくあわれみ深く、惜しみなく貸し、与え、悪いおとずれの前でも心が揺るぎません。神を敬うことが、安定した、他者に向かう生き方を生み出すことを示しています。
この詩篇でいう主をおそれるとはどういう意味ですか
聖書で主をおそれるとは、主を敬い、尊び、信頼することを主に意味し、主を怖がることではありません。この詩篇はその実りによってそれを示しています。神をおそれる人は神のみ言葉を愛し、状況への恐れに支配されません。
詩篇112篇は、神に従う人に富を約束していますか
3節には家の繁栄と富が語られていますが、この詩篇は全体を通して読む必要があります。強調されているのは、正しさ、惜しみない施し、心の揺るがなさです。箴言やヨブ記は、正しい人も試練を経験することを思い起こさせます。ここにあるのは神の祝福であって、繁栄の保証ではありません。
詩篇112篇はどのように黙想すればよいですか
神を描く111篇と一緒に読み、112篇の人のどこが神に似ているかを書き留めてみてください。9節の惜しみない施しや、7節の信頼など、今週育てたい特質を一つ選び、揺るがない心が与えられるよう祈りましょう。
詩篇 112を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。