はじめに
日本は地震や台風、豪雨などの自然災害が多い国です。突然の揺れや水害で、家や仕事、大切な人を失った方、避難所で不安な夜を過ごしている方、遠く離れた場所から心を痛めている方がおられます。この記事は、災害の原因を説明したり、誰かを裁いたりするためのものではありません。ただ、悲しみと恐れの中にある人のそばに、聖書の言葉をそっと置くためのものです。口語訳から選んだこの20の言葉は、四つのテーマに分かれています。避け所なる神、恐れの中の平安、嘆きと涙に寄り添う言葉、そして希望と再建です。無理に読み切る必要はありません。心に響く一節だけを、ゆっくり読んでください。
避け所なる神
1. 詩篇46篇1節
「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。」
神はわれらの避け所また力であり、悩める時のいと近き助けである、と詩篇は歌います。災害の直後、足もとが崩れたように感じるときに、神は遠くではなく、すぐそばにおられると語る言葉です。今すぐ答えを見つけなくても大丈夫です。まず、神が近くにおられることだけを、静かに受け止めてください。 詩篇46篇を全部読む.
2. 詩篇46篇2-3節
「このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。 たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。」
たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない、と詩人は告白します。地面が揺れる経験をした人にとって、この言葉は決して軽いものではありません。恐れを感じること自体は自然であり、恥ずかしいことではありません。それでも神にあって立てる場所があると、この詩は示しています。 詩篇46篇を全部読む.
3. 詩篇62篇8節
「民よ、いかなる時にも神に信頼せよ。そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ。神はわれらの避け所である。」
いかなる時にも神に信頼せよ、そのみ前にあなたがたの心を注ぎ出せ、神はわれらの避け所である、とあります。心を注ぎ出すとは、整った言葉でなく、涙や怒りや不安をそのまま神に向けることです。祈りの形にならなくても構いません。ため息のような祈りでも、神は聞いておられます。 詩篇62篇を全部読む.
4. ナホム書1章7節
「主は恵み深く、なやみの日の要害である。彼はご自分を避け所とする者を知っておられる。」
主は恵み深く、なやみの日の要害である、ご自分を避け所とする者を知っておられる、とナホムは語ります。要害とは、攻撃や危険から守る堅固な砦のことです。避難所で眠れぬ夜を過ごす方にも、神はあなたを知っておられるという言葉が届くよう、心から願っています。 ナホム書1章を全部読む.
5. 詩篇9篇9節
「主はしえたげられる者のとりで、なやみの時のとりでです。」
主はしえたげられる者のとりで、なやみの時のとりでです、と詩人は歌います。災害は、誰のせいでもなく、突然人を弱い立場に置きます。その中で、神は弱い人々の側に立たれる方です。助けを求めることは弱さではありません。周囲の助けと神の支えに、どうか身をゆだねてください。 詩篇9篇を全部読む.
恐れのなかの平安
6. イザヤ書43章2節
「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。」
あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる、川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない、と神は言われます。豪雨や津波を経験した方には、重く響く言葉かもしれません。この約束は災害を免れるという意味ではなく、どんな中でも神が共におられるという意味として、受け取ってください。 イザヤ書43章を全部読む.
7. 詩篇34篇18節
「主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。」
主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる、と詩篇は言います。悲しみのあまり、祈れなくなる日もあります。それでも神は、そのような人にこそ近づいてくださいます。元気になってから祈るのではなく、砕けたままの心で、神のそばにいてかまいません。 詩篇34篇を全部読む.
8. 詩篇27篇5節
「それは主が悩みの日に、その仮屋のうちにわたしを潜ませ、その幕屋の奥にわたしを隠し、岩の上にわたしを高く置かれるからである。」
悩みの日に、主はその仮屋のうちにわたしを潜ませ、岩の上にわたしを高く置かれる、と詩人は歌います。避難所でも、仮の住まいでも、神の守りの中には安全な場所があります。いつ余震が来るかとおびえる夜に、この言葉を声に出して読んでみてください。短くても、心が少し静まることがあります。 詩篇27篇を全部読む.
9. テサロニケ人への第二の手紙3章16節
「どうか、平和の主ご自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和を与えて下さるように。主があなたがた一同と共におられるように。」
平和の主ご自身が、いついかなる場合にも、あなたがたに平和を与えて下さるように、とパウロは祈ります。平和は、状況が整ってから与えられるものではなく、「いついかなる場合にも」与えられる賜物です。眠れない夜や、先の見えない日々の中でも、この祈りを自分のものとして唱えてください。 テサロニケ人への第二の手紙3章を全部読む.
10. 詩篇112篇7節
「彼は悪いおとずれを恐れず、その心は主に信頼してゆるがない。」
彼は悪いおとずれを恐れず、その心は主に信頼してゆるがない、と詩篇は言います。被災直後は、悪い知らせが続くように感じることもあります。この言葉は、恐れを感じるなという意味ではなく、恐れの中でも心を主の上に置き直す励ましです。ニュースから少し離れて、祈る時間を持ちましょう。 詩篇112篇を全部読む.
嘆きと涙に寄り添う
11. 詩篇13篇1-2節
「主よ、いつまでなのですか。とこしえにわたしをお忘れになるのですか。いつまで、み顔をわたしに隠されるのですか。 いつまで、わたしは魂に痛みを負い、ひねもす心に 悲しみをいだかなければならないのですか。いつまで敵はわたしの上にあがめられるのですか。」
主よ、いつまでなのですか、とダビデは神に訴えます。聖書には、嘆きの祈りがたくさん残されています。信仰は、痛みを隠すことではありません。なぜこんなことが、いつまで続くのかと、神に問うことも祈りです。答えが見つからなくても、問い続けることを神は拒まれません。 詩篇13篇を全部読む.
12. 詩篇56篇8節
「あなたはわたしのさすらいを数えられました。わたしの涙をあなたの皮袋にたくわえてください。これは皆あなたの書に しるされているではありませんか。」
あなたはわたしのさすらいを数えられました、わたしの涙をあなたの皮袋にたくわえてください、と詩人は祈ります。神は、あなたが流した涙を一粒も見逃されません。涙は無駄にならないという信頼が、この詩に込められています。声を出して泣くことも、神にささげる祈りの一つです。 詩篇56篇を全部読む.
13. 詩篇42篇11節
「わが魂よ、何ゆえうなだれるのか。何ゆえわたしのうちに思いみだれるのか。神を待ち望め。わたしはなおわが助け、わが神なる主をほめたたえるであろう。」
わが魂よ、何ゆえうなだれるのか、神を待ち望め、と詩人は自分の魂に語りかけます。落ち込む自分を責めずに、魂に向かってやさしく語ってみてください。今は讃美できなくても、いつか再び神をほめたたえる日が来ることを、詩人は信じています。その日を急がず、待ちましょう。 詩篇42篇を全部読む.
14. マタイによる福音書5章4節
「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」
悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう、とイエスは言われました。悲しみを無理に前向きに変える必要はありません。悲しみそのものの中に、神の慰めが来ると、イエスは約束されます。周りの人も、励ます言葉を急がず、ただそばにいることから始めましょう。 マタイによる福音書5章を全部読む.
15. ローマ人への手紙12章15節
「喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい。」
喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣きなさい、とパウロは勧めます。被災した方のそばにいる人に向けた言葉です。適切な言葉が見つからなくても、一緒に泣き、一緒に黙るだけで、大きな支えになります。原因を語るよりも、聞くこと、寄り添うことを大切にしましょう。 ローマ人への手紙12章を全部読む.
希望と再建への歩み
16. 哀歌3章22-23節
「主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない。 これは朝ごとに新しく、あなたの真実は大きい。」
主のいつくしみは絶えることがなく、そのあわれみは尽きることがない、これは朝ごとに新しく、と哀歌は歌います。哀歌は、町が破壊された悲しみの中で書かれた詩です。その悲しみの真ん中で語られた希望の言葉だからこそ、深く響きます。どんな朝にも、神のあわれみは新しく与えられます。 哀歌3章を全部読む.
17. イザヤ書61章4節
「彼らはいにしえの荒れた所を建てなおし、さきに荒れすたれた所を興し、荒れた町々を新たにし、世々すたれた所を再び建てる。」
彼らは荒れた所を建てなおし、荒れた町々を新たにする、と預言者は告げます。再建は一人ではできません。時間も、人手も、お金も必要です。それでも、神は壊れたものを新しくする方であると、聖書は語ります。復興は急がず、できることから、地域の人々と共に進めていきましょう。 イザヤ書61章を全部読む.
18. ガラテヤ人への手紙6章2節
「互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。」
互に重荷を負い合いなさい、とパウロは勧めます。災害のあと、多くの人がボランティアや支援を通して重荷を分かち合っています。被災された方は、助けを受けることをためらわないでください。支援する側も、無理をせずに続けられる形で関わってください。重荷は、分けると軽くなります。 ガラテヤ人への手紙6章を全部読む.
19. コリント人への第二の手紙1章3-4節
「ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。 神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。」
神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰め、他の人を慰めることができるようにして下さる、とあります。慰められた経験は、やがて他の誰かを慰める力になります。今は受ける側でも構いません。いつか、あなたの経験が誰かの支えになる日が来ることを、神は見ておられます。 コリント人への第二の手紙1章を全部読む.
20. ローマ人への手紙15章13節
「どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。」
どうか、望みの神が、あらゆる喜びと平安とを満たし、望みにあふれさせて下さるように、とパウロは祈ります。希望は、自分の力でひねり出すものではなく、神が満たしてくださるものです。今は希望が見えなくても、その祈りを他の人と分かち合ってください。希望は共に祈る中で、少しずつ育ちます。 ローマ人への手紙15章を全部読む.
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よくある質問
災害のあとに読むのにふさわしい聖書の言葉は何ですか。
詩篇46篇1節の、神はわれらの避け所また力であるという言葉や、詩篇34篇18節の、主は心の砕けた者に近いという言葉がよく読まれます。無理に前向きになろうとせず、心に響く一節をゆっくり読むことをお勧めします。
災害は神の裁きなのですか。
この記事では、災害の原因や意味を説明することはしません。聖書は、苦しみの中にいる人に神が近くにおられると語ります。被災された方を責めたり、理由を詮索したりするのではなく、寄り添い、聞くことを大切にしてください。
被災した人にどう接すればよいですか。
励ましの言葉を急がず、まずそばにいて話を聞くことが大切です。ローマ人への手紙12章15節のように、泣く者と共に泣くことから始めてください。必要があれば、自治体や専門の窓口、教会の支援につなぐことも考えましょう。