はじめに
聖書は、神を避け所、守り手、そして決して自分の民を見捨てない羊飼いとして描いています。口語訳で引用するこの20の聖書の言葉は、神の守りの五つの面を見ていきます。神が与えてくださる避け所、日々の見守り、危険のただ中での臨在、悪からの防御、そして神のものとされた人に与えられる永遠の安全です。それぞれの解説が、あなたの状況にあてはめる助けとなります。
神は御民の避け所、そして砦
1. 詩篇91篇1-2節
「いと高き者のもとにある 隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は 主に言うであろう、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。」
詩人は「いと高き者のもとにある隠れ場に住む」生き方を描いています。避け所は、緊急のときだけ訪れる場所ではなく、そこに住み続ける家です。毎日神のそばにとどまることを選ぶなら、神の守りの陰に身を置くことになります。 詩篇91篇を全文で読む。
2. 詩篇46篇1-3節
「神はわれらの避け所また力である。悩める時のいと近き助けである。 このゆえに、たとい地は変り、山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。 たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、そのさわぎによって山は震え動くとも、われらは恐れない。」
コラの子たちのこの歌は、最悪の事態を思い描きます。地は変り、山は揺れ動くのです。それでも神は「悩める時のいと近き助け」であり続けます。信頼は嵐を否定しません。自分よりはるかに確かな方に寄りかかることです。 詩篇46篇を全文で読む。
3. 箴言18章10節
「主の名は堅固なやぐらのようだ、正しい者はその中に走りこんで救を得る。」
知恵ある者は、神の名を堅固なやぐらにたとえます。敵の手が届かない高い場所です。正しい者はその中に走りこむのであって、自分の防備に頼ることはしません。困難の中で神の名を呼ぶことは、身を避けるための具体的な行動です。 箴言18章を全文で読む。
4. ナホム書1章7節
「主は恵み深く、なやみの日の要害である。彼はご自分を避け所とする者を知っておられる。」
ナホムは裁きの宣告のただ中で書いていますが、それでも「主は恵み深い」と語ります。その恵みは「なやみの日の要害」となって現れます。神は遠くから守るだけでなく、「ご自分を避け所とする者を知っておられる」のです。一人ひとりを個人的に知っておられます。 ナホム書1章を全文で読む。
昼も夜も見守る守り手
5. 詩篇121篇7-8節
「主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。 主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。」
巡礼者の歌は、危険な道を行く旅人に寄りそいます。神は「あなたの出ると入るとを守られる」のですから、あなたのすべての行き来、すべての日々が含まれます。移動も仕事も帰り道も神にゆだねることは、不安を静める簡単な習慣です。 詩篇121篇を全文で読む。
6. 詩篇34篇7節
「主の使は主を恐れる者のまわりに 陣をしいて彼らを助けられる。」
ダビデはサウルから逃げ、恐れを知っていました。それでも「主の使は主を恐れる者のまわりに陣をしいて」くださると証ししています。「陣をしく」とは、部隊が駐屯することを思わせます。神の守りはその場かぎりではなく、あなたのまわりに置かれた常設の備えです。 詩篇34篇を全文で読む。
7. 詩篇91篇11-12節
「これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道で あなたを守らせられるからである。 彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。」
神は御使いたちに命じて、ご自分の民をすべての道で守らせます。この箇所は、無謀さをあおることなく安心を与えます。語られているのは神の思いやりであって、危険に挑めという誘いではありません。あなたは決してひとりで歩むことがないので、恐れずに進めます。 詩篇91篇を全文で読む。
8. 詩篇32篇7節
「あなたはわたしの隠れ場であって、わたしを守って悩みを免れさせ、救をもってわたしを囲まれる。」
罪をゆるされたダビデは、神が「隠れ場」であり、「救をもって」自分を囲んでくださることを知りました。守りは外からの危険だけにとどまらず、罪責感という内なる苦しみにもおよびます。神のもとに帰ることは、安全な場所を取り戻すことです。 詩篇32篇を全文で読む。
危険のただ中にある神の臨在
9. イザヤ書43章2節
「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。」
神は捕囚のイスラエルに語りかけますが、水や火を避けさせるとは約束しません。約束されるのは臨在です。「わたしはあなたと共におる」。川はあなたを押し流さず、炎はあなたを焼きません。神の守りは、試練をいつも取り除くのではなく、渡り切れるものにしてくださいます。 イザヤ書43章を全文で読む。
10. 申命記31章6節
「あなたがたは強く、かつ勇ましくなければならない。彼らを恐れ、おののいてはならない。あなたの神、主があなたと共に行かれるからである。主は決してあなたを見放さず、またあなたを見捨てられないであろう」。」
モーセは、自分抜きで約束の地に入ろうとしている民の前でこの言葉を語ります。頼りは自分の力ではなく、主が「あなたと共に行かれる」という事実です。勇気は気質から生まれるのではなく、臨在から生まれます。 申命記31章を全文で読む。
11. テサロニケ人への第二の手紙3章3節
「しかし、主は真実なかたであるから、あなたがたを強め、悪しき者から守って下さるであろう。」
パウロは、反対に苦しむ教会に手紙を書いています。頼みとするのは読者の強さではなく、神ご自身の性質です。「主は真実なかたである」。その真実は二つの働きとして現れます。強めること、そして悪しき者から守ることです。あなたも、それに信頼できます。 テサロニケ人への第二の手紙3章を全文で読む。
12. 詩篇23篇4節
「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。」
羊飼いダビデは、最も暗い場面で三人称から二人称に切り替わります。「あなたがわたしと共におられる」。死の陰の谷では、もう神について語るのではなく、神に語りかけるのです。むちとつえは、群れが導かれ、守られていることを示しています。 詩篇23篇を全文で読む。
悪と敵から守られる
13. イザヤ書54章17節
「すべてあなたを攻めるために造られる武器は、その目的を達しない。すべてあなたに逆らい立って、争い訴える舌は、あなたに説き破られる。これが主のしもべらの受ける嗣業であり、また彼らがわたしから受ける義である」と 主は言われる。」
この約束は、立ち直ったばかりの弱い民に与えられました。神は「すべてあなたを攻めるために造られる武器は、その目的を達しない」と断言されます。攻撃がないとは告げず、最終的に失敗すると告げるのです。これは「主のしもべらの受ける嗣業」であり、勝ち取るものではなく受けるものです。 イザヤ書54章を全文で読む。
14. エペソ人への手紙6章10-11節
「最後に言う。主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい。 悪魔の策略に対抗して立ちうるために、神の武具で身を固めなさい。」
パウロは、「主にあって、その偉大な力によって、強くなりなさい」と勧め、「神の武具で身を固めなさい」と続けます。私たちの守りには二つの動きがあります。神の力に頼ることと、神が備えてくださる武具を自分で身につけることです。そうして悪魔の策略に対抗して立てます。 エペソ人への手紙6章を全文で読む。
15. ヨハネによる福音書17章15節
「わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、彼らを悪しき者から守って下さることであります。」
十字架の前の祈りで、イエスは弟子たちを世から取り去ってほしいとは願いませんでした。父なる神に、彼らを「悪しき者から守って」くださるよう願われたのです。神の守りは私たちを生活の場から引き離さず、その中で損なわれないように保ってくださいます。そこにいながら守られているのです。 ヨハネによる福音書17章を全文で読む。
16. テモテへの第二の手紙4章18節
「主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し、天にある御国に救い入れて下さるであろう。栄光が永遠から永遠にわたって主にあるように、アァメン。」
パウロは、多くの人に見捨てられ、処刑が近づく獄中で書いています。それでも「主はわたしを、すべての悪のわざから助け出し」てくださると断言します。彼の確信は死をこえ、「天にある御国」を見ています。神の救い出しには、いつも最後の言葉があります。 テモテへの第二の手紙4章を全文で読む。
永遠に続く安全
17. 詩篇17篇8節
「ひとみのようにわたしを守り、みつばさの陰にわたしを隠し、」
ダビデは「ひとみのように」守られることを願います。ひとみは体の中で最も繊細で、最も守られている部分です。さらに、ひなをおおう鳥の翼の姿も加えています。あなたも同じ願いをささげてよいのです。あなたは神の目に尊い存在だからです。 詩篇17篇を全文で読む。
18. ヨハネによる福音書10章28-29節
「わたしは、彼らに永遠の命を与える。だから、彼らはいつまでも滅びることがなく、また、彼らをわたしの手から奪い去る者はない。 わたしの父がわたしに下さったものは、すべてにまさるものである。そしてだれも父のみ手から、それを奪い取ることはできない。」
イエスは、その声を聞く羊について語ります。羊をご自分の手に、そして父の手に置かれます。「彼らをわたしの手から奪い去る者はない」。二つの確かな手が、信じる者を握っています。あなたの安全は、あなたが神を握る力よりも、神があなたを握る力にかかっています。 ヨハネによる福音書10章を全文で読む。
19. 詩篇125篇2節
「山々がエルサレムを囲んでいるように、主は今からとこしえにその民を囲まれる。」
エルサレムは、自然に守ってくれる山々に囲まれています。詩篇はそこから、「主は今からとこしえにその民を囲まれる」という姿を引き出します。この守りは四方すべてにおよび、しかも「今からとこしえに」続きます。守りのない側面は一つもありません。 詩篇125篇を全文で読む。
20. ローマ人への手紙8章38-39節
「わたしは確信する。死も生も、天使も支配者も、現在のものも将来のものも、力あるものも、 高いものも深いものも、その他どんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである。」
パウロは、私たちを脅かしうるものをほとんど数えつくします。死も生も、支配者も、現在のものも将来のものもです。そして、どれも「神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」と結論します。究極の守りとは危険がないことではなく、切れることのない絆です。 ローマ人への手紙8章を全文で読む。
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よくある質問
神の守りについて語る聖書の言葉はどれですか?
詩篇91篇は、神の守りについて最もよく知られた箇所です。「いと高き者のもとにある隠れ場に住む人」という言葉で始まります。ほかにも、詩篇121篇、イザヤ書43章2節、ヨハネによる福音書10章28-29節などがあり、見守り、臨在、永遠の安全を語っています。
神は、悪いことは決して起こらないと約束していますか?
いいえ。守りを語る同じ聖書の箇所は、水や火、死の陰の谷にも触れています。神が約束されるのは、臨在と、最終的な救い出しと、何ものも断ち切れない絆です。試練のない人生ではなく、寄りそわれて渡り切る道のりを保証してくださいます。
神の守りを求めて、どのように祈ればよいですか?
神の約束に立って、素直に祈ってください。詩篇91篇を声に出して読み、神の見守りに感謝し、家族や日々の移動、その日の決断をゆだねることができます。信頼して祈りましょう。あなたを守るのは、祈りの長さではなく神の真実だからです。
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