ヨハネ14章:この先が分からないときのイエスの招き

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はじめに

この礼拝の前日、パースの街全体が紫色に染まっていました。旗、家々、飾りつけられた車。フリーマントル・ドッカーズのサポーターたちは、決勝戦のためにバスや飛行機でメルボルンまで駆けつけたのです。チームは最後まで戦い、そして敗れました。パースのホープ教会(Hope Church Perth)のローレンス牧師は、息子さんと一緒にその試合を観戦し、そこから話を始めます。サポーターたちの熱心さには感心させられます。彼らはチームに関心を持つだけでなく、チームと自分を重ね合わせているのです。

そこから牧師は問いかけます。「イエスに最後までついて行くとは、どういうことでしょうか。」イエスに従うとは、イエスを称賛すること、イエスについて何かを信じること、聖書に書かれていることを実行することよりも、さらに大きなことだと牧師は語ります。イエスは私たちを、いのちの道へと招いておられるのです。

「招き」と題されたこのメッセージは、シリーズ「The Way(道)」の一つです。イエスが御自身について語った最も重要な宣言の一つであるヨハネ14章1〜14節に基づき、これから何が起こるのか分からないすべての人に向けて語られています。

メッセージの流れ

1. イエスに従うとは、いのちの道を歩むこと

  • ドッカーズのサポーターたちは、チームカラーを身にまとい、遠くまで旅をし、多額のお金を使い、週末の予定を組み直して「その場にいて、数に加わる」ために駆けつけました。そして来シーズンも、今度こそ優勝できるかもしれないと信じるのです。
  • 人生にも、高いところと低いところがあります。牧師は問いかけます。あなたはこの道のどこにいますか。あきらめますか。それとも歩み続けますか。
  • このシリーズは、イエスの道の三つの側面を思い起こさせます。イエスとともにいること(イエスにとどまる時間を取ること。安息日は特別に取り分けられた日です)、イエスのようになること、そしてイエスがなさったことを行うこと。このメッセージの主題は最後の点です。
  • 「イエスを知ることは、冒険の始まりです。」神は私たちが神を知り、神にあって成長し、さらにイエスに似た者となることを望んでおられるからです。

2. この先どうなるか分からないとき

  • 牧師は、誰にでも思い当たる状況を挙げます。仕事の岐路、祈りの答えや就職面接の結果を待つ時間、思いがけない健康上の問題などです。
  • ヨハネ13章で、イエスは弟子たちに、自分が去って行くこと、そして最も親しい弟子の一人であるペテロが自分を知らないと言うことを告げます。弟子たちの質問から、彼らがイエスがどなたなのか、どこへ行かれるのか、なぜ去らなければならないのかを理解していないことが分かります。
  • イエスは不安な弟子たちを慰め、どこに信頼を置くべきかを示されます。「あなたがたは心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。」

3. 行き先と、ともにいてくださること

  • イエスはまず、行き先を約束されます。たくさんのすまいがある、父の家です。イエスは来られたところへ帰り、そして再び来られます。ご自分の民を見捨てることはありません。
  • 次に、イエスは御自身がともにいてくださることを約束されます。究極の約束は、「あなたがたのために場所を用意しに行く」ということだけではなく、「わたしのおる所にあなたがたもおらせるため」ということです。
  • 「救いとは、イエスを心にお迎えすることだけではありません。」永遠のいのちという賜物がありますが、いちばん大切なのは、本当の我が家で私たちを迎えてくださるのがどなたかを知ることです。それはイエスです。
  • 言い換えれば、私たちはイエスとともに永遠を過ごすことができるのです。「それが、私たちクリスチャンの希望です。」

4. 地図が全部なくても、未来は確かである

  • イエスは、必ずしも戦略や完全な行程表を与えてくださるわけではありません。誘惑となるのは、自分自身や、過去に似た状況をどう乗り切ったかという経験に頼ることです。
  • 箴言3章5〜6節は、別の道を示しています。「心をつくして主に信頼せよ、自分の知識にたよってはならない。すべての道で主を認めよ、そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」
  • 不安は具体的です。いつかパースで家を買えるだろうかと思う独身の人、人工知能に自分の仕事を奪われるのではないかと恐れる人、進路を選ぶようプレッシャーを受けている学生、物価高に苦しみ、おなじみのブランドかスーパーのプライベートブランドかで迷う家族。
  • イエスは、ご自分に従えば「なんとかなるさ」という気持ちで生きられるとか、起こることがすべて理解できるようになるとは約束されません。約束されるのは、イエスにあって確かな未来です。
  • 牧師は、今年は楽な一年にならないと感じていました。教会はテーマとして「Thrive(豊かに成長する)」を選びました。メッセージを準備しているとき、神は賛美歌「Because He Lives(主が生きておられるから)」を思い起こさせてくださいました。「主が生きておられるから、私は明日に立ち向かえる。」
  • 箴言16章9節もそれを裏づけています。「人はその心に自分の道を考える、しかしその歩みを導く者は主である。」道のりの全部を知らなくても、何が起こるかをご存じの方に信頼することができます。

5. イエスご自身が、父へ至る道

  • トマスは、誰もが思う問いを投げかけます。「主よ、どこへおいでになるのか、わたしどもにはわかりません。どうして、その道がわかるでしょう。」彼は、地図アプリを開いてどの道を行くか確かめるように、道順を期待しています。
  • イエスは計画ではなく、一人の人格をもって答えられます。「わたしは道であり、真理であり、命である。だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」
  • これは、ヨハネの福音書にある七つの「わたしは〜である」の一つです。ほかに、いのちのパン、世の光、羊の門、良い羊飼い、よみがえりといのち、そしてぶどうの木(ヨハネ15章)があります。
  • イエスは父へ至る道であり、神がどなたであるか、そして私たちの人生に対する神のご計画を明らかにする真理であり、神から来るいのちです。行き先は天国に入ることだけではなく、父のもとへ近づけることです。
  • ピリポもよく理解できていません。「主よ、わたしたちに父を示して下さい。そうして下されば、わたしたちは満足します。」イエスは答えられます。「わたしを見た者は、父を見たのである。」牧師は強調します。私ではなく、イエスを見てください。
  • イエスのあわれみ、愛、聖さ、値なしに与えられる恵み、そして十字架へ向かおうとされる思いが、神を示しています。「イエスは神について教えるだけではありません。」ヨハネ17章の祈りで語られているように、父を知らせてくださるのです。

6. すべての世代への招き

  • この招きは、いちばん若い人にも、いちばん年配の人にも向けられています。クリスチャンの学校に通っても、その人がクリスチャンになるわけではありません。クリスチャンの両親がいても、イエスを主また救い主として受け入れるという決心の代わりにはなりません。
  • イエスについてのことを知っていることと、イエスを知り、受け入れ、信じ、その道に従うことには違いがあります。
  • すべての人は罪を犯して神の栄光を受けられなくなっており、罪の支払う報酬は死、すなわち神からの永遠の分離です。しかしイエスが代価を支払ってくださいました。「私たちは罪に定められたままでいる必要はありません。」
  • 向こう側へ渡ることができるのは、自分が何をしたかや、どれほど立派であっても受けてきた道徳教育によるのではなく、イエスがどなたであり、何をしてくださったかによるのです。「私たちは敗北の人生を生きる必要はありません。」

7. イエスのわざを続ける

  • イエスは弟子たちを驚かせます。「わたしを信じる者は、わたしのしているわざをするであろう。そればかりか、もっと大きいわざをするであろう。」
  • そのわざについては、ルカ4章18〜19節に描かれています。貧しい人に良い知らせを伝え、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、しいたげられている人を自由にし、主の恵みの年を告げ知らせることです。
  • ここで祈りが関わってきます(13〜14節)。私たちの祈りを神の御心と御性質に合わせるとき、神が答えてくださると確信できます。そしてイエスは、助け主を約束する前に、こう付け加えられます。「もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るであろう」(15節)。
  • 使徒行伝1章8節は、聖霊が私たちに臨むとき力を受けると約束しています。二千年以上前に始まったこのわざは、イスラエルにとどまらず、諸国民へと広がっていきました。そして「働きはまだ終わっていません。」
  • 牧師は一人ひとりに問いかけます。独身の方、この時期に、誰かを力づけるために何ができますか。結婚している方、あなたの家庭をイエスの道が生きている場所にするには、どうしたらよいでしょうか。学生の方、神があなたを置かれた場所で、どのようにイエスを現しますか。
  • 牧師は、ビジョンの日曜日に書かれた紙のために祈り続けており、二週間ごとにフリーマントルの牧師たちと、互いの教会のために祈っています。「神が働かれるのを見るまで、祈り続けてください。」
  • 教会のメンバーが奉仕のために出かけていきます。聖書学校を卒業しようとしている牧師たちに語るためインドに招かれた指導者、医療宣教に携わる作業療法士、キャンプで語るよう招かれた牧師と身近な人。「ホープ・パースは、神が導かれる場所で違いを生み出すには、決して小さすぎることはありません。」

メッセージは二つの招きで締めくくられます。神のもとに立ち返り、神に回復していただいて新しいいのちを受けること。あるいは、初めてイエスを主また救い主として受け入れること。その後、会衆は互いのために祈り、将来への不安をイエスにゆだねました。

大切なポイント

  • イエスに従うとは、イエスを称賛するだけではなく、イエスと自分を重ね、高いところでも低いところでもその道を歩むことです。
  • イエスは行き先である父の家を約束され、何よりも御自身がともにいてくださることを約束されます。「わたしのおる所にあなたがたもおらせるため」です。
  • 前へ進むのに、地図が全部ある必要はありません。未来をご存じの方に信頼することができます。
  • イエスは父へ至る道を指し示すだけでなく、御自身が道です。そしてイエスを見た人は、父を見たのです。
  • イエスを信じるとは、祈り、聖霊の力、そして神が置かれた場所での証しを通して、イエスのわざを続けることでもあります。

個人的な振り返り

  1. 今、この先どうなるか分からない状況はありますか。仕事、健康、住まい、学業、お金のことなどです。
  2. その状況で、あなたは主に過去の経験に頼っていますか。それともイエスに頼っていますか。
  3. あなたはイエスを個人的に知っていますか。それとも、イエスについてのことだけを知っているでしょうか。
  4. あなたの家庭、学びの場、職場は、どうすればイエスの道が見える場所になるでしょうか。
  5. 神が働かれるのを見るまで、どの状況のために祈り続けますか。

引用された聖書箇所

よくある質問

ヨハネ14章1〜3節で、イエスは何を約束していますか。

ローレンス牧師は、ここに二つの約束を見ています。一つは行き先、イエスが場所を用意してくださる父の家です。もう一つは、ともにいてくださること、「わたしのおる所にあなたがたもおらせるため」です。いちばん大切なのは場所だけではなく、そこで私たちを迎えてくださる方、イエスご自身です。

「わたしは道であり、真理であり、命である」とはどういう意味ですか。

トマスは、地図アプリを開くように、道順を期待していました。イエスは一人の人格、すなわち御自身で答えられます。イエスは父へ至る道であり、神がどなたであるかを明らかにする真理であり、神から来るいのちです。行き先は天国に入ることだけではなく、父のもとへ近づけることです。

ヨハネ14章12節の「もっと大きいわざ」とは何ですか。

牧師は、それをルカ4章18〜19節に描かれた使命と、使徒の働き1章8節で約束された力に結びつけています。二千年以上前に始まったわざは、信じる人々を通して続いています。神の御心に沿って祈ること、家庭でイエスの道を生きること、神が置かれた場所で良い知らせを分かち合うことです。

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