反抗の荒野に四十年もとどまってはいけません

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はじめに

ニース・アリアンヌ教会の牧師サミュエル・マブーさんが、ヘブル人への手紙3章と4章から一つのメッセージを語ります。テーマははっきりしています。神様があなたに与えたいと願う安息は、従順を通して与えられるということです。彼はエジプトを出た民が、心をかたくなにして神様に逆らったために、荒野を四十年もさまよい続けた出来事を思い起こさせます。専門家によれば、あの旅は数週間、長くても一ヶ月で終えられたはずでした。それなのに不信仰のせいで、ひと世代まるごと四十年もの時間を失ってしまったのです。ヘブル人への手紙3章7節の警告を取り上げます。「今日、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない」。そして今日という日に、信仰と従順を選び取り、主が備えてくださった安息に入るようにと、あなたを招いています。

メッセージの構成

1. 安息は従順の中にしか見出せません

  • ヘブル人への手紙3章7~8節は、3章と4章の中で三度引用されており、このメッセージ全体の核心であることがわかります。
  • 民はエジプトを出て荒野にたどり着きますが、神様に信頼する代わりに逆らってしまいます。
  • 試練はあなたを反抗へ、あるいは心をかたくなにする方向へと押しやることがあり、それには重い結果が伴います。
  • 神様の安息、あなたの体と魂と霊の安息は、ただイエス・キリストの中に、信仰と従順によってのみ見出されます。

2. 安息を奪う不従順

  • 「彼らはいつも心が迷い」(ヘブル人への手紙3章10節)、主なしでは、右へ左へと方向を見失ってしまいます。
  • 神様は怒りのうちに誓われます。「彼らはわたしの安息に入ることができない」(ヘブル人への手紙3章11節)。不従順は扉を閉ざしてしまいます。
  • 荒野での四十年は、ある世代がそっくり死に絶え、新しい世代が従順のうちに前進できるようになるための時でした。
  • 乳と蜜の流れる地に入るためには、手放すべき霊的な遺産、断ち切るべき習慣や関係があります。

3. 悪い心とは、信じない心のことです

  • 「兄弟たちよ、あなたがたの中に、生ける神から離れ去る不信仰の悪い心を持つ者がいないように、気をつけなさい」(ヘブル人への手紙3章12節)。
  • 私たちは罪というと、うそをつくことや盗むことをまず思い浮かべますが、ここで言う悪い心とは、何よりもまず信じない心のことです。
  • ただイエス様を拒み、彼に従わないというそのこと自体が、永遠の死に至る罪なのです。
  • 「『今日』と呼ばれる間に、日々互いに励まし合いなさい」(ヘブル人への手紙3章13節)。いつか、「今日」と言えなくなる日が来ます。

4. 心をかたくなにしないよう、心を見張ること

  • 試練、無理解、忍耐できないこと、困難。あなたの心をかたくなにしうるものは、実にたくさんあります。
  • 主はあなたを、後の雨のような新しい油で潤し、あなたの心を柔らかくしたいと願っておられます。
  • 自分の殻に閉じこもるよう仕向けてくる世界の中で、神様は柔らかく、開かれ、御声にいつでも応えられる者でいるようにと招いておられます。
  • 「ですから私たちは、だれも同じような不従順の実例に倣って落ちないように、この安息に入るよう努めようではありませんか」(ヘブル人への手紙4章11節)。

5. 重荷をイエス様の前に降ろすこと

  • サミュエル・マブーさんは、まるで自分自身がイエス様であるかのように、主が担うようにと決して求めていないものを背負って戦ってしまうことがあると打ち明けます。
  • 家族や身近な人、隣人のことを思う正当な重荷であっても、置き場所を間違えると、霊的に疲れ果ててしまいます。
  • 助けたい人と一緒に沈んでしまうのではなく、信仰をもってその人を主の足もとに委ねることが大切です。
  • 勇気は天から自然に降ってくる贈り物ではありません。それは自分で取るべき立場であり、主となすべき一つのやり取りなのです。

6. 恵みの御座に近づくこと

  • 「私たちには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司、神の子イエスがおられる」(ヘブル人への手紙4章14節)。
  • 彼は罪を犯すことなく、あらゆる点で私たちと同じように試みに遭われました。彼は苦悩も、辱めも、裏切りも、見捨てられることも知っておられます。
  • 彼はあなたが今日味わっているよりもひどいことを経験されたからこそ、あなたの弱さに同情することができるのです。
  • 「ですから、私たちは大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。それは、あわれみを受け、また、折にかなった助けの恵みをいただくためです」(ヘブル人への手紙4章16節)。

7. 道がないところに、神様は道を見出されます

  • エジプトを出た民、前には海、後ろにはエジプト人、両脇には荒野と崖。人間的に見れば出口はどこにもありませんでした。
  • サミュエル・マブーさんは自身の証しを分かち合います。一年半ほど前、彼の家庭は崩壊寸前でしたが、主は誰にも修復できなかったものを回復してくださいました。
  • 壺にわずかな油しか残っていなかったやもめのように、五つのパンと二匹の魚が増やされたように、神様はわずかなものから大きな業をなさることができます。
  • 「行って、器を集めて来なさい」。ひびの入った器であっても、あなたも器として主の前に進み出てください。そうすれば、主はあなたの中に油を注いでくださいます。

心に留めたいポイント

  • 神様が約束される安息は、一時的な感情ではありません。それはイエス・キリストへの従順と信仰の場所です。
  • 不従順は一度きりの祝福を奪うだけではなく、本来続くはずのなかった荒野の中でぐるぐると回らせてしまいます。
  • ヘブル人への手紙で言う悪い心とは、何よりもまず信じることを拒む不信仰な心のことです。
  • 正当な重荷をあまりにも多く背負い込み、それを主に委ねることのないまま、疲れ果ててしまうことがあります。
  • 恵みの御座は今日も開かれています。イエス様はあなたが経験していることを味わわれたからこそ、あなたの弱さに同情することができるのです。

個人的な適用

  1. 神様が私に求めておられることに対して、心をかたくなにしている部分が、私の生活の中にないでしょうか。
  2. 前に進むために、神様が私に断ち切るよう求めておられる習慣、関係、あるいは受け継いだものは何でしょうか。
  3. まるで自分がイエス様であるかのように、十字架の足もとに置く代わりに、自分で背負ってしまっている重荷は何でしょうか。
  4. 私は今も「『今日』と呼ばれる間」に、兄弟姉妹を具体的に励まし続けているでしょうか。
  5. 自分の信仰がどんなに小さく思えても、私は大胆に恵みの御座に近づく用意ができているでしょうか。

引用聖句

よくある質問

ヘブル人への手紙3~4章で語られる「神様の安息」とは何ですか。

それは単なる肉体的な休息ではありません。それは神様がご自分の民に約束された安息です。モーセの時代、それは乳と蜜の流れる地、カナンの地を指し示していました。今日の私たちにとっては、来たるべき御国での、神様のもとにある永遠の安息を指し示しています。そこに入るのは、イエス・キリストへの信仰と、御声への従順によってです。

なぜ民は荒野を四十年もさまよい続けたのですか。

サミュエル・マブーさんが引用した専門家によれば、その旅は数週間、長くても一ヶ月で終えられたはずでした。民が四十年もかかったのは、心をかたくなにし、神様に逆らい、その約束を信じることを拒んだからです。神様はその世代を荒野で死なせ、新しい世代が従順のうちに約束の地へ入れるようにされました。

信仰が弱いとき、どうすれば恵みの御座に近づくことができますか。

ヘブル人への手紙4章14~16節は、イエス様が偉大な大祭司であり、罪を犯すことなく、あらゆる点で私たちと同じように試みに遭われた方だと教えています。彼はあなたの弱さに同情することができます。ひびの入った器のようなありのままの姿で来て、信仰を新たにしてくださいと願い求めることができます。聖書は、来る前に大きな信仰を持ちなさいとは言っていません。むしろ、あわれみと恵みを受けるために、まさに大胆に来なさいと語っているのです。

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