はじめに
恐れはあらゆる場面に入り込んできます。下すべき決断、医師からの宣告、眠れない夜、先の見えない未来。聖書はあなたが感じていることを決して軽んじません。むしろ、脅威の向こう側にいる、それを治めておられる方へと絶えず目を向けさせてくれます。ここでは、口語訳聖書から20の聖書箇所を選び、五つのテーマにまとめました。あなたのそばにいてくださる神の臨在、神が与えてくださる力の霊、不安に代わる神の平安、あなたのために戦われる神の戦い、そして神があなたに呼びかけている勇気です。それぞれの引用箇所には全文へのリンクを付けています。
神があなたと共におられる:恐れる必要はない
1. ヨシュア記 1章9節
「わたしはあなたに命じたではないか。強く、また雄々しくあれ。あなたがどこへ行くにも、あなたの神、主が共におられるゆえ、恐れてはならない、おののいてはならない」。
神はモーセの後を継ぎ、民全体を導かなければならなくなったヨシュアに語りかけています。ここで求められている勇気は、ヨシュアの能力にではなく、神が共にいてくださるという約束に基づいています。あなたを待つ務めがどんなものであっても、今日あなたが抱える恐れも同じ約束と出会うのです。聖書でヨシュア記 1章9節を読む。
2. イザヤ書 41章10節
「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」
この聖句は、危険をあちこちに探し求めてさまよう視線という、きわめて具体的な恐れを描いています。神はそれに対し、一人称で四つの行動をもって応えられます。共にいる、強くする、助ける、支える。あなたの張りつめた警戒心は、この御手に委ねることができます。聖書でイザヤ書 41章10節を読む。
3. 申命記 31章6節
「あなたがたは強く、かつ勇ましくなければならない。彼らを恐れ、おののいてはならない。あなたの神、主があなたと共に行かれるからである。主は決してあなたを見放さず、またあなたを見捨てられないであろう」。
モーセはここで、敵の地に入る前のイスラエル全体に語りかけています。「見放さない」「見捨てない」という二重の否定は、人間の不安の最も深い根の一つである見捨てられることへの恐れに、直接応えるものです。聖書で申命記 31章6節を読む。
4. 詩篇 23篇4節
「たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。」
ダビデは暗い谷を避けるとは言わず、その谷を通り抜けても打ち負かされることはないと言っています。むちは導き、つえは守る。試練の真っただ中でも働き続ける羊飼いを描く、二つのイメージです。聖書で詩篇 23篇4節を読む。
恐れではなく、力の霊
5. テモテへの第二の手紙 1章7節
「というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。」
パウロは、恐れのあまり引きこもりそうになっていた若きリーダー、テモテに書き送っています。この聖句は、人を萎縮させる臆病さは神の霊の実ではなく、力と愛と慎み(知恵)こそがそうであると断言します。このことを認めることで、恐れを恐れとして正しく見極め、それに選択を左右されずに済むのです。聖書でテモテへの第二の手紙 1章7節を読む。
6. ヨハネの第一の手紙 4章18節
「愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。」
多くの恐れは、神の愛への疑いから生まれます。もし罰せられたら、もし自分が十分に良い人間でなかったら、と。ヨハネは、受け入れ信じられた神の完全な愛こそが、まさにその恐れを取り除くのだと答えています。聖書でヨハネの第一の手紙 4章18節を読む。
7. 詩篇 27篇1節
「主はわたしの光、わたしの救だ、わたしはだれを恐れよう。主はわたしの命のとりでだ。わたしはだれをおじ恐れよう。」
ダビデは、恐れの論理をひっくり返す二つの修辞的な問いを立てます。主が私の光であり支えであるなら、私の最も深い存在を、いったい誰が脅かせるだろうか、と。ある名前、ある顔、ある状況があなたを脅かすたびに、この問いを改めて自分に投げかける価値があります。聖書で詩篇 27篇1節を読む。
8. イザヤ書 41章13節
「あなたの神、主なるわたしは あなたの右の手をとってあなたに言う、「恐れてはならない、わたしはあなたを助ける」。」
強められた右手というイメージは、道具や武器を握り、実際に動く手を思わせます。神は遠くから安心させるだけではありません。震えているまさにその手そのものを、強めに来てくださるのです。聖書でイザヤ書 41章13節を読む。
不安に打ち勝つ神の平安
9. ヨハネによる福音書 14章27節
「わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。」
イエスはご自分の死の前夜、弟子たちが激しい動揺の中にある状況で、この言葉を語られました。イエスの平安とは外的な危険がないことではなく、周りのすべてが揺らぐときにも揺るがずに保たれる、内なる賜物です。聖書でヨハネによる福音書 14章27節を読む。
10. ピリピ人への手紙 4章6節
「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。」
パウロはこの言葉を獄中から書いており、それがこの勧めに重みを与えています。不安に対して彼が示す道は否定ではなく、具体的な祈りです。重荷を一人で抱え込んで反芻するのではなく、神の前にそれを言い表すことです。聖書でピリピ人への手紙 4章6節を読む。
11. イザヤ書 26章3節
「あなたは全き平安をもって こころざしの堅固なものを守られる。彼はあなたに信頼しているからである。」
「平安、また平安」という繰り返しは、不安を少しも残さない満ち足りた平安を強調しています。それは、最悪のシナリオに心を委ねてしまうのではなく、神に向けられ、保たれ続ける思いと結びついています。聖書でイザヤ書 26章3節を読む。
12. 詩篇 34篇4節
「わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、すべての恐れからわたしを助け出された。」
ダビデはここで、抽象的な原則ではなく、実際に生きた体験を証ししています。彼が求めると、神が答え、救い出しが続いたのです。「すべて」という言葉は、大きな恐怖だけでなく、繰り返し訪れる小さな不安をも包み込みます。聖書で詩篇 34篇4節を読む。
神があなたのために戦われる
13. 出エジプト記 14章14節
「主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。
イスラエルの民が海とエジプト軍の間に追い詰められたとき、モーセはこの言葉を語りました。恐れへの答えは、時にさらなる戦略を練ることではなく、神に働いていただくための沈黙の時間を持つことなのです。聖書で出エジプト記 14章14節を読む。
14. 申命記 20章4節
「あなたがたの神、主が共に行かれ、あなたがたのために敵と戦って、あなたがたを救われるからである』。」
この聖句は戦いを前にした兵士たちに語られたものですが、その原則は軍事的な場面を超えています。神はあなたの戦いを遠くから眺めているだけではなく、あなたのそばで積極的にその戦いに加わってくださるのです。聖書で申命記 20章4節を読む。
15. 詩篇 56篇4節
「わたしは神によって、そのみ言葉をほめたたえます。わたしは神に信頼するゆえ、恐れることはありません。肉なる者はわたしに何をなし得ましょうか。」
ダビデは敵に追われている最中に、この詩篇を作りました。彼の信頼は現実の危険を否定するものではありませんが、神にできることに比べればその危険の重みは相対的なものになります。人への恐れは、より大きな信頼の前で消えていくのです。聖書で詩篇 56篇4節を読む。
16. 詩篇 91篇5節
「あなたは夜の恐ろしい物をも、昼に飛んでくる矢をも恐れることはない。」
この詩篇は、あらゆる時間に忍び寄る恐れを列挙します。夜の捉えどころのない恐れと、矢のように目に見える昼の恐れです。この詩篇全体で描かれている神の避け所のもとでは、そのどちらも最終的な決着権を持ちません。聖書で詩篇 91篇5節を読む。
神があなたに求める勇気
17. 詩篇 27篇14節
「主を待ち望め、強く、かつ雄々しくあれ。主を待ち望め。」
「望みを抱け」という呼びかけがこの勧めの初めと終わりを縁取り、まるですべてがそこから始まりそこへ帰っていくかのようです。心を強くするとは恐れを無視することではなく、日ごとに、恐れよりも堅固な希望のもとにそれを置くことを選び取ることです。聖書で詩篇 27篇14節を読む。
18. イザヤ書 35章4節
「心おののく者に言え、「強くあれ、恐れてはならない。見よ、あなたがたの神は報復をもって臨み、神の報いをもってこられる。神は来て、あなたがたを救われる」と。」
この聖句は、非の打ちどころのない英雄にではなく、動揺した心に語りかけています。勇気を出すようにという招きは、具体的な約束に基づいています。神ご自身が来られるのであって、あなたの救いを誰かに委ねたりはされません。聖書でイザヤ書 35章4節を読む。
19. ピリピ人への手紙 4章13節
「わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。」
この文脈でパウロは、豊かさの中でも欠乏の中でも揺るがされずに歩むことについて語っています。これは自分自身への自信ではなく、与えられた力です。恐れが消え去るのを待つのではなく、恐れを抱えたままでも前に進むことを可能にしてくれます。聖書でピリピ人への手紙 4章13節を読む。
20. 歴代志上 28章20節
「ダビデはその子ソロモンに言った、「あなたは心を強くし、勇んでこれを行いなさい。恐れてはならない。おののいてはならない。主なる神、わたしの神があなたとともにおられるからである。主はあなたを離れず、あなたを捨てず、ついに主の宮の務のすべての工事をなし終えさせられるでしょう。」
ダビデは、神殿建設という途方もない大事業を前に、この使命を息子に託しています。ソロモンに求められている勇気は行動へとつながっていきます。「強くあれ、勇気を出せ、そして行え」。神が共にいてくださるという約束は、その務めが完成するまでの全期間を覆っています。聖書で歴代志上 28章20節を読む。
よくある質問
恐れが押し寄せてくるとき、これらの聖句をどう使えばよいですか。
リスト全体に目を通そうとするのではなく、今日いちばん心に響く一つの聖句から始めて、それをゆっくりと何度も読み返してください。聖書的な意味での黙想とは、みことばを積み重ねることではなく、一つのみことばを根づかせることだからです。
これらの聖句のいくつかを暗唱しておくことは役に立ちますか。
はい。恐れは前触れなく突然襲ってくることが多く、暗記していた聖句は、本や携帯電話を探す気力さえない瞬間にも、すぐに取り出すことができます。あなたの状況に特に響く二つか三つを選び、自然に口をついて出てくるようになるまで繰り返し唱えてください。
祈っても恐れが続く場合はどうすればよいですか。
これらの聖句とともに祈ることは、不安が長く続くときに人による支えに取って代わるものではありません。教会の中で信頼できる人に打ち明け、必要であれば専門家に相談することもためらわないでください。信仰と医療によるケアは対立するものではなく、しばしば共に歩むものです。
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