聖書 — 口語訳 (1955)
テモテへの第二の手紙 1
概要
テモテへの第二の手紙1章で、パウロは獄中から、信仰による愛する子テモテに書き送ります。祖母ロイスと母ユニケから受け継がれた偽りのない信仰を思い起こし、神の賜物を再び燃えたたせるよう勧めます。神がくださったのは臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。ですからテモテは、福音も、囚人となったパウロも恥ずかしく思ってはなりません。パウロは恵みによる救いを思い起こさせ、自分の確信を模範として示し、聖霊によって尊いものを守るよう招きます。
この章の4つの区分
1神の御旨により、キリスト・イエスにあるいのちの約束によって立てられたキリスト・イエスの使徒パウロから、
2愛する子テモテへ。父なる神とわたしたちの主キリスト・イエスから、恵みとあわれみと平安とが、あなたにあるように。
3わたしは、日夜、祈の中で、絶えずあなたのことを思い出しては、きよい良心をもって先祖以来つかえている神に感謝している。
4わたしは、あなたの涙をおぼえており、あなたに会って喜びで満たされたいと、切に願っている。
5また、あなたがいだいている偽りのない信仰を思い起している。この信仰は、まずあなたの祖母ロイスとあなたの母ユニケとに宿ったものであったが、今あなたにも宿っていると、わたしは確信している。
6こういうわけで、あなたに注意したい。わたしの按手によって内にいただいた神の賜物を、再び燃えたたせなさい。
7というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。
8だから、あなたは、わたしたちの主のあかしをすることや、わたしが主の囚人であることを、決して恥ずかしく思ってはならない。むしろ、神の力にささえられて、福音のために、わたしと苦しみを共にしてほしい。
9神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、
10そして今や、わたしたちの救主キリスト・イエスの出現によって明らかにされた恵みによるのである。キリストは死を滅ぼし、福音によっていのちと不死とを明らかに示されたのである。
11わたしは、この福音のために立てられて、その宣教者、使徒、教師になった。
12そのためにまた、わたしはこのような苦しみを受けているが、それを恥としない。なぜなら、わたしは自分の信じてきたかたを知っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの日に至るまで守って下さることができると、確信しているからである。
13あなたは、キリスト・イエスに対する信仰と愛とをもって、わたしから聞いた健全な言葉を模範にしなさい。
14そして、あなたにゆだねられている尊いものを、わたしたちの内に宿っている聖霊によって守りなさい。
15あなたの知っているように、アジヤにいる者たちは、皆わたしから離れて行った。その中には、フゲロとヘルモゲネもいる。
16どうか、主が、オネシポロの家にあわれみをたれて下さるように。彼はたびたび、わたしを慰めてくれ、またわたしの鎖を恥とも思わないで、
17ローマに着いた時には、熱心にわたしを捜しまわった末、尋ね出してくれたのである。
18どうか、主がかの日に、あわれみを彼に賜わるように。――彼がエペソで、どれほどわたしに仕えてくれたかは、だれよりもあなたがよく知っている。
鍵となる聖句
また、あなたがいだいている偽りのない信仰を思い起している。この信仰は、まずあなたの祖母ロイスとあなたの母ユニケとに宿ったものであったが、今あなたにも宿っていると、わたしは確信している。
パウロは、ロイスとユニケの信仰が、テモテにも宿っていると語ります。信仰は家族を通して伝わることが多いのですが、それぞれが自分のものとする責任がなくなるわけではありません。
こういうわけで、あなたに注意したい。わたしの按手によって内にいただいた神の賜物を、再び燃えたたせなさい。 というのは、神がわたしたちに下さったのは、臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊なのである。
神の賜物は、燃えたたせるべき火のようです。神がくださったのは「臆する霊ではなく、力と愛と慎みとの霊」です。恐れは、神の霊の印ではありません。
神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さったのであるが、それは、わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き、また、永遠の昔にキリスト・イエスにあってわたしたちに賜わっていた恵み、
「神はわたしたちを救い、聖なる招きをもって召して下さった」のは、「わたしたちのわざによるのではなく、神ご自身の計画に基き」、キリスト・イエスにあって永遠の昔から賜わっていた恵みによるのです。
そのためにまた、わたしはこのような苦しみを受けているが、それを恥としない。なぜなら、わたしは自分の信じてきたかたを知っており、またそのかたは、わたしにゆだねられているものを、かの日に至るまで守って下さることができると、確信しているからである。
「わたしは自分の信じてきたかたを知っており」。パウロの確信は、自分の快適さではなく、苦しみのただ中でも、ゆだねられたものを守ることのできるキリストご自身に基づいています。
そして、あなたにゆだねられている尊いものを、わたしたちの内に宿っている聖霊によって守りなさい。
「ゆだねられている尊いもの」を守ることは、福音の真理を保つことです。パウロは、それが私たちの力だけでなく、内に宿る聖霊によってなされると明らかにしています。
この章に登場する人物
このテーマで祈る
説教が語っていること
テモテへの第二の手紙1章についてよくある質問
2テモテ1章6節の「神の賜物を、再び燃えたたせなさい」とはどういう意味ですか。
この言葉は、くすぶっている火をかき立てることを思わせます。パウロはテモテに、神から受けた賜物が、臆病さや惰性のために消えてしまってはならないと思い起こさせます。それを育て、実践するのはテモテの務めであり、御霊に拠り頼んで行います。
「力と愛と慎みとの霊」とはどういう意味ですか。
パウロは、この霊を臆することと対比しています。神は、恐れがあっても行動する力、他の人に仕える愛、見分ける慎みを与えてくださいます。この節は恐れに答えるためによく引かれ、恐れは神から来るものではないと思い起こさせます。
守るべき「尊いもの」とは何ですか。
この尊いものとは、テモテにゆだねられた福音の真理と、それに伴う務めのことです。パウロは、内に宿る聖霊によって、これを忠実に守るよう求めています。福音をゆがめることも、捨てることもなく伝えるということです。
テモテへの第二の手紙 1を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。