聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 91
概要
詩篇91篇は、恐れの時に聖書の中で最も多く読まれる箇所の一つです。主を避け所、また城とする信仰者の姿を描き、鳥を捕る者のわな、疫病、夜の恐れ、昼に飛んでくる矢といった危険の中での神の守りを語ります。結びは神ご自身の声で、救い、悩みのときの共にいてくださる御臨在、そして長寿を約束します。この詩篇には表題がなく、作者の名は記されていません。伝統的にはモーセまたはダビデの作とされることが多いようです。その約束は、神との交わりという文脈の中で読むものです。
詩篇91篇には、ヘブライ語の本文に表題がなく、作者は分かっていません。ユダヤの伝承では、モーセの祈りとされる90篇に続くことからモーセの作とされ、古いギリシア語訳(七十人訳)はダビデの名のもとに置いています。これは信頼の詩篇で、ほとんど対話のように組み立てられています。まず信仰者が自分の信仰を告白し(1節から2節)、別の声が、あなたと呼びかけて神の守りを語り(3節から13節)、最後に神ご自身が結びます(14節から16節)。ユダヤ人もクリスチャンも、何世紀にもわたって、夜を迎える前にこの詩篇を祈ってきました。古代教会の夜の祈りである終課にも含まれています。今日では、病のとき、感染症が流行するとき、旅に出る前、危険の中にいる家族のために、多くの人が読みます。その約束は、聖書全体の光の中で受けとめるものです。イエスご自身が、この詩篇を神に無理を強いる手段とすることを退けられました。
この章の4つの区分
1いと高き者のもとにある 隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は
2主に言うであろう、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。
3主はあなたをかりゅうどのわなと、恐ろしい疫病から助け出されるからである。
4主はその羽をもって、あなたをおおわれる。あなたはその翼の下に避け所を得るであろう。そのまことは大盾、また小盾である。
5あなたは夜の恐ろしい物をも、昼に飛んでくる矢をも恐れることはない。
6また暗やみに歩きまわる疫病をも、真昼に荒す滅びをも恐れることはない。
7たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、万人はあなたの右に倒れても、その災はあなたに近づくことはない。
8あなたはただ、その目をもって見、悪しき者の報いを見るだけである。
9あなたは主を避け所とし、いと高き者をすまいとしたので、
10災はあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない。
11これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道で あなたを守らせられるからである。
12彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。
13あなたはししと、まむしとを踏み、若いししと、へびとを足の下に踏みにじるであろう。
14彼はわたしを愛して離れないゆえに、わたしは彼を助けよう。彼はわが名を知るゆえに、わたしは彼を守る。
15彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。わたしは彼の悩みのときに、共にいて、彼を救い、彼に光栄を与えよう。
16わたしは長寿をもって彼を満ち足らせ、わが救を彼に示すであろう。
詩篇91篇を節ごとに読む
1-2節危険を見る前に、神のもとに住む
この詩篇は、脅威ではなく、信じる人の姿から始まります。たった二つの節に、神の呼び名が四つ出てきます。すべてにまさるいと高き者、全能者、民にご自身を現された御名である主、そして最も個人的な「わが神」です。危険を語る前に、詩人はだれが自分を守ってくださるのかを見つめます。鍵になる言葉は「住む」です。恐れが募ったときだけ神のもとへ走るのではなく、神のもとに住み、そこを自分の家とするのです。隠れ場と陰は、暑さや打撃から身を避ける場所を思わせます。続いて、声に出す告白が来ます。わが避け所、わが城。信頼は、心の中の考えにとどまらず、口にして告白するものです。今日のあなたにとって最初の問いは、何があなたを脅かしているかではなく、あなたがどこに住んでいるかです。
3-4節かりゅうどのわなと、翼の下の避け所
かりゅうどとは、見えない所に網を張る猟師のことです。この絵は、隠されたわなを表します。たくらみ、裏切り、気づかないうちに迫る悪などです。疫病はそこに病を加えます。古代の町々を震えあがらせた、目に見えない危険です。これに対して4節は、たいへん優しい絵を選びます。鳥がひなを翼の下にかくまうように、神はご自分の民を羽でおおってくださいます。イエスもエルサレムを嘆かれたとき、めんどりがひなを集めるようにと、この絵を用いられました(マタイによる福音書23章37節)。さらに絵は軍事的になり、神のまことは大盾、また小盾になります。何があなたを守るのかに注目してください。あなたの信仰の強さではなく、神のまことです。あなたの信頼は揺れても、神のまことは動きません。
5-8節夜も昼も、神の守りから漏れるものはありません
詩人は危険を小さく見せず、むしろ細かく数え上げます。夜の恐ろしい物と昼に飛んでくる矢、暗やみに歩きまわる疫病と真昼に荒す滅び。あらゆる時刻、あらゆる形の脅威を、見えるものも隠れたものも取り上げています。信じる人が神の守りの外に出てしまう時間は、一刻もありません。7節と8節はさらに進みます。災いが大勢を襲うときも、その人は偶然にゆだねられず、やがて神が悪しき者に報いられるのを目にします。これらの節は、信仰者が必ず疫病や事故を免れると言っているのではありません。聖書も教会の歴史も、病んだ人、迫害された人、若くして世を去った信仰者を伝えています。語られているのは、神の目の届かない所であなたに降りかかるものはなく、悪が最後の言葉を持つことはない、ということです。
9-10節災はあなたに臨まず:この約束をどう受けとめるか
9節は、冒頭の告白を折り返しの句のようにくり返します。約束は、いと高き者を本当に自分の避け所、身を寄せる場所とした人に向けられています。続いて、この詩篇で最も力強い言葉の一つが語られます。「災はあなたに臨まず、悩みはあなたの天幕に近づくことはない」。天幕とは家、日々の暮らしのことです。神は確かにご自分の民を守っておられ、本人が気づかないうちに守っておられることも多いのです。けれども、これは苦しみを一度も味わわないという保証なのでしょうか。聖書全体の答えはいいえです。ヨブも、預言者たちも、使徒たちも、イエスご自身も苦しまれました。パウロがその理解を助けてくれます。患難も迫害も死も、キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできません(ローマ人への手紙8章35節から39節)。あなたを神から引き離す究極の災いは、あなたに届かないのです。
11-13節すべての道での御使いたちの守りと、イエスの誘惑
神は御使いたちに命じて、信じる人を細かなところまで守らせてくださいます。御使いたちは手で支え、その足が石に打ちつけられないようにします。この箇所が有名なのは、意外な理由によります。悪魔が、イエスの誘惑のときにこの言葉を引き、宮の頂から身を投げるようそそのかしたのです(マタイによる福音書4章5節から6節)。その際、悪魔は「あなたの歩むすべての道で」という言葉、つまり神が備えられた道を省きました。イエスは聖書の別の言葉で答えられました。あなたの神である主を試みてはならない(マタイによる福音書4章7節)。約束は信頼を養いますが、思い上がりを正当化しません。神を動かそうと自ら危険に飛び込むのは、信仰の正反対です。13節のししとまむし、若いししとへびは、敵対する力への勝利を告げています。神とともに歩むあなたは、犠牲者として進むのではありません。
14-16節神ご自身が語り、悩みのときの御臨在を約束される
最後に声が変わります。人が神について語るのではなく、神ご自身が、ご自分に身を寄せる人について語られます。神は理由を述べます。彼はわたしを愛し、わたしの名を知っているから、というのです。守りは、唱えるべき決まり文句にではなく、愛と、神を知ることと、祈りの関係の上にあります。続いて、一人称の約束が語られます。助けよう、守ろう、答えよう、光栄を与えよう。中心は15節です。「わたしは彼の悩みのときに、共にいて」。神は悩みのない人生ではなく、悩みの中に共にいてくださることを約束されました。長寿はイスラエルにとって祝福のしるしでしたが、最後の約束はそれ以上で、神の救いを見ることです。ヘブライ語の「救い」は、イエスの御名と同じ語源の言葉です。この救いは、イエスにあって私たちに完全に与えられています。
詩篇91篇の祈り方
この詩篇を祈るとき
- 恐れで夜中に目が覚め、思いが堂々めぐりをするとき。
- 手術や検査の前、または気がかりな結果を待っているとき。
- 感染症が流行しているときや、家族が病気になったとき。
- 車や飛行機で出かける前、また家から遠く離れる前に。
- 子どもや入院中の家族、危険の中にいる人を神にゆだねるとき。
- わなにかかったように感じたり、脅かされたり、身を守れないまま攻撃されたりしているとき。
詩篇91篇に基づく祈り
主よ、いと高き方、全能の神よ。あなたのもとに身を寄せます。あなたは私の避け所、私の城、私が信頼する神です。恐れるときだけあなたのもとへ走る私をお赦しください。毎日あなたのもとに住むことを教えてください。今私を不安にさせているものを、あなたは私よりもよくご存じです。私が気づかないわな、私をおびえさせる病、夜中に私を目覚めさせる思いを、あなたは見ておられます。あなたの羽で私をおおい、翼の下に守ってください。信仰が揺れるときも、あなたのまことが私の盾です。あなたを試したり、しるしを求めたりはしません。導かれる道の上で、あなたに信頼します。私の愛する人たちも、道中でも、病院でも、私から離れているときも、すべての道で守ってください。悩みが来たときは、あなたが共にいて、呼ぶ私に答えてくださるという約束を思い出させてください。イエス・キリストにあって与えられた救いを、私に見せてください。アーメン。
鍵となる聖句
いと高き者のもとにある 隠れ場に住む人、全能者の陰にやどる人は 主に言うであろう、「わが避け所、わが城、わが信頼しまつるわが神」と。
詩篇は一つの選びから始まります。住むとは、緊急のときだけ神を呼ぶのではなく、神のもとに身を置いて暮らすことです。そして信仰者は、主こそわが避け所、わが城だと告白します。
たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、万人はあなたの右に倒れても、その災はあなたに近づくことはない。
この節は、ほかの人々を襲う災いの中でも、信仰者には近づかないと約束します。これは神の守りの確かさを語るもので、聖書の他の箇所が示すように、試練が一切ないという意味ではありません。
これは主があなたのために天使たちに命じて、あなたの歩むすべての道で あなたを守らせられるからである。 彼らはその手で、あなたをささえ、石に足を打ちつけることのないようにする。
神は御使いたちに命じ、信仰者のすべての道を守らせてくださいます。悪魔はイエスの誘惑のときにこの箇所を引用しましたが、意味をねじ曲げていました。神は信頼する者を守られますが、神を試す者を守るのではありません。
彼はわたしを愛して離れないゆえに、わたしは彼を助けよう。彼はわが名を知るゆえに、わたしは彼を守る。 彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。わたしは彼の悩みのときに、共にいて、彼を救い、彼に光栄を与えよう。
ここでは神ご自身が語られます。救いは、神を愛し、御名を知ることと結ばれています。神は悩みを取り去ると約束されたのではなく、悩みのときに共にいると約束されました。
このテーマで祈る
説教が語っていること
詩篇91篇についてよくある質問
詩篇91篇はどんな意味ですか
詩篇91篇は、神を避け所とする人は神に守られると教えています。わな、疫病、夜の恐れ、敵といった具体的な危険を語り、それに対して盾となってくださる神のまことを示します。最後の部分は神ご自身の言葉で、救い出すこと、悩みのときに共にいること、そして救いを見せてくださることを約束しています。
詩篇91篇は誰が書いたのですか
この詩篇には表題がなく、作者の名も記されていません。古い伝承では、モーセの作とされる90篇に続くことからモーセ作と考えられ、ダビデ作と見る人もいます。どちらにしても、危険と神の真実を知っていた人から生まれた言葉です。
詩篇91篇は、信仰者には何も悪いことが起こらないと約束していますか
この詩篇は神の守りと御臨在を約束していますが、聖書全体の文脈の中で読む必要があります。神は悩みのときに共にいると語っておられ、それは悩みが起こりうることを前提としています。新約聖書では、イエスがこの箇所を使って神を試すことを退けられました。約束は自動的な保証ではなく、信頼に基づくものです。
詩篇91篇はどのように祈り、黙想すればよいですか
ゆっくりと声に出して、ひとまとまりずつ読んでみましょう。まず1節と2節を、自分のこととして言い直します。神は私の避け所です。次に、今抱えている恐れを具体的に言葉にして神にゆだね、最後に神が答えてくださる14節から16節で締めくくります。困難な時期には、毎朝この詩篇を読み返す信仰者も多くいます。
詩篇 91を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。