聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 92

概要

詩篇92篇は、表題に安息日のための歌と記された唯一の詩篇です。まず、朝にも夜にも主をほめたたえることのすばらしさが歌われます。次に、なぜ悪しき者が栄えるように見えるのかという、昔からの問いに向き合います。詩人は、その繁栄は長くは続かず、神は永遠にいと高き方であると答えます。結びには有名な姿が描かれます。正しい者はなつめやしのように育ち、主の家に植えられ、年老いてなお実を結びます。

この章の4つの区分

  1. 1-4節朝にも夜にも、主をほめたたえることはよいこと
  2. 5-9節神のみわざと、悪しき者の行く末
  3. 10-11節注がれる力と、新しい油
  4. 12-15節なつめやしのように植えられ、年老いてなお実を結ぶ正しい者

1いと高き者よ、主に感謝し、み名をほめたたえるのは、よいことです。

2あしたに、あなたのいつくしみをあらわし、夜な夜な、あなたのまことをあらわすために、

3十弦の楽器と立琴を用い、琴のたえなる調べを用いるのは、よいことです。

4主よ、あなたはみわざをもって わたしを楽しませられました。わたしはあなたのみ手のわざを喜び歌います。

5主よ、あなたのみわざは いかに大いなることでしょう。あなたのもろもろの思いは、いとも深く、

6鈍い者は知ることができず、愚かな者はこれを悟ることができません。

7たとい、悪しき者は草のようにもえいで、不義を行う者はことごとく栄えても、彼らはとこしえに滅びに定められているのです。

8しかし、主よ、あなたはとこしえに 高き所にいらせられます。

9主よ、あなたの敵、あなたの敵は滅び、不義を行う者はことごとく散らされるでしょう。

10しかし、あなたはわたしの角を 野牛の角のように高くあげ、新しい油をわたしに注がれました。

11わたしの目はわが敵の没落を見、わたしの耳はわたしを攻める悪者どもの 破滅を聞きました。

12正しい者はなつめやしの木のように栄え、レバノンの香柏のように育ちます。

13彼らは主の家に植えられ、われらの神の大庭に栄えます。

14彼らは年老いてなお実を結び、いつも生気に満ち、青々として、

15主の正しいことを示すでしょう。主はわが岩です。主には少しの不義もありません。

鍵となる聖句

2節
あしたに、あなたのいつくしみをあらわし、夜な夜な、あなたのまことをあらわすために、

朝には神のいつくしみを、夜にはそのまことを告げ知らせます。賛美は一日の流れを整え、神がしてくださったことを忘れない心を養います。

7節
たとい、悪しき者は草のようにもえいで、不義を行う者はことごとく栄えても、彼らはとこしえに滅びに定められているのです。

詩人は、悪しき者の見かけの成功を甘く見ることなく、神の永遠という尺度の中に置き直します。それは長くは続かないのです。

13-14節
彼らは主の家に植えられ、われらの神の大庭に栄えます。 彼らは年老いてなお実を結び、いつも生気に満ち、青々として、

主の家に植えられていることが、この詩篇の語る実りの秘訣です。実は、一人の頑張りではなく根づくことから生まれ、年を重ねても続きます。

15節
主の正しいことを示すでしょう。主はわが岩です。主には少しの不義もありません。

詩篇は証しで終わります。正しい者の生き方を通して、主が頼れる岩であることが知らされるのです。

説教が語っていること

詩篇92篇についてよくある質問

詩篇92篇はどんな意味ですか

安息日のための賛美の歌です。神のみわざを感謝するよう招き、悪しき者が栄えるように見えても神が今も治めておられることを思い出させます。そして正しい者を、主の家に植えられたなつめやしや香柏にたとえ、年老いてなお実を結ぶと語ります。

詩篇92篇は誰が書きましたか

表題に作者の名はありません。「安息日のための歌」とあるだけです。ユダヤの伝統では安息日の礼拝に用いられてきました。そのため、誰がいつ書いたかは断言できませんが、礼拝で用いられたことははっきりしています。

詩篇92篇をどう黙想すればよいですか

二つの時間に分けて読みます。朝は1節から4節を読み、神の具体的な恵みを一つ挙げて感謝します。夜は一日を振り返りながら、神のまことを告げます。そのあと12節から15節を読み、自分はどこに植えられているかを考えます。どんな習慣、どんな共同体、どんなみ言葉への耳が、あなたを養っているでしょうか。

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