モリヤのエホバ・イルエ:神が備えてくださる山

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はじめに

あなたの人生には、どうしたらよいか分からず、本当に足りないものがあり、なかなか来ない答えを待ち続けているような場面があります。レホボト・セルジー教会でのこの礼拝で、ジュニアス・アナネ長老は創世記22章から、シンプルでありながら力強いテーマを語り始めます。それは「主の山には備えがある」という言葉です。このメッセージは机上の理論ではありません。あきらめの中にとどまることをやめ、備えてくださる神との出会いへと上って行き、あなたの置かれている状況は恥のためではなく、神の栄光のためにあるのだと信じるように招いています。試練の中にあっても、欠乏の中にあっても、待ち続ける中にあっても、この説教は神の最も慰めに満ちた御名の一つ、すなわち備えてくださる主、エホバ・イルエを思い出させてくれます。

メッセージの構成

1. あなたの祈りを変える御名:エホバ・イルエ

  • 説教者は創世記22:14を開きます。雄羊によって犠牲がまぬがれた後、アブラハムはその場所を「エホバ・イルエ」、すなわち「主は備えてくださる」と名づけました。この御名は快適さの中でではなく、試練の中で生まれたものです。
  • 「それで今日も、『主の山には備えがある』と言われている」のです。神がアブラハムのためになさったことを、神は今日も、御自分に会いに上って来る者たちのために続けてくださっています。
  • 説教者は強調します。神はどこであってもあなたに備えることがおできになりますが、その備えが下って来る特定の場所、神の山があります。その場所とは、神との出会いのことです。

2. 山、出会いの場所

  • 主の山は、人が自分の神と出会う場所を象徴しています。断食と祈りと礼拝の中で、神は下って来られ、上って来る者と出会ってくださいます。
  • 神はアブラハムに「どこでもよいから息子をささげなさい」とは言われませんでした。「わたしが示す山の一つ」(創世記22:2)という、はっきりとした約束の場所を与えられたのです。山は数多くありますが、約束の山はただ一つです。
  • 今日のあなたにとって、これが意味することは、神の臨在から離れた場所で備えを探し求めてはならないということです。備えは出会いと結びついています。

3. あなたが通っていることは、あなたの恥のためではない

  • 説教者はヨハネ9章を思い起こさせます。イエスは生まれつきの盲人を見られ、弟子たちは「だれが罪を犯したのですか」と尋ねます。イエスはこう答えられました。「本人が罪を犯したのでも、両親が犯したのでもありません。神のわざが彼の上に現れるためです。」
  • また、ラザロについてのヨハネ11:4も思い起こさせます。「この病気は死で終わるものではなく、神の栄光のためのものです。」
  • 説教者は優しくあなたに語りかけます。あなたが通っている状況は、あなたを滅ぼすためでも、混乱させるためでもありません。それは神がご自分を現そうとされる場所なのです。
  • 神はあなたの心を新たにし、あなたが自分の状況を違った目で見られるようにしたいと願っておられます。あなたが自分の状況をどう判断するかが、あなたの態度と反応を決めるのです。

4. あなたをイエスのもとへ走らせる苦しみ

  • 説教者はヤイロの物語(マルコ5章)を開きます。ヤイロは会堂司であり、有力者でした。パリサイ人たちのゆえに、イエスを信じていた指導者の多くは「会堂から追放されるのを恐れて、それを公に言い表さなかった」のです(ヨハネ12:42)。
  • しかし、死にかけている娘の苦しみが、すべての打算を崩します。ヤイロは会堂から追い出されることも覚悟の上で、イエスの足もとにひれ伏すのです。
  • イスラエルの教師であったニコデモも、イエスのもとに来ましたが、それは夜のことでした。宗教的な有力者たちの目には、イエスは「付き合うにふさわしくない」人物だったからです。
  • 説教者はこう問いかけます。もしあの苦しみがなかったら、ヤイロはこのような危険を冒しただろうか、と。あなたを神のもとへと走らせる苦しみのゆえに、神をほめたたえましょう。あなたを立ち止まらせてしまう苦しみのためにではなく。

5. 山に上る:受け取るための姿勢

  • アブラハムは、自分の息子をささげるための薪を背負いながらも、「並外れた信仰」をもって山を登りました。神が語られたからこそ、彼は上って行ったのです。
  • 説教者は会衆全体に、立ち上がり、手を挙げ、こう告白するように招きます。「私は信じ、告白します。あなたの真実はとこしえまで続き、あなたは私の力、私の支えであり、すべてのことを働かせて私の益としてくださり、決して私を見捨てられることはありません。」
  • 説教者はあなたに、つながることを勧めます。断食、祈り、告白される御言葉は、山の備えとあなたを結びつけるケーブルなのです。
  • あなたの役割は、上って行き、信じ、宣言することです。神の役割は、備えてくださることです。「主の山には備えがある」のです。

心に留めておきたいポイント

  • エホバ・イルエは単なるスローガンではなく、山の上で、アブラハムが最後まで従順を貫いた試練の中で生まれた御名です。
  • 神はどこにいてもあなたを祝福することがおできになりますが、出会いと断食と祈りの場所である御自分の山に、あなたとの約束を定めておられます。
  • あなたの今の状況は、あなたの恥のためではありません。それを通してご自分を現そうとされる、神の栄光のためのものです。
  • 苦しみは、人の目を恐れて立ち止まってしまうのではなく、あなたをイエスのもとへ走らせるものであるとき、恵みとなり得ます。
  • 備えは姿勢に伴います。上って行き、信じ、神の真実を告白しなさい。そうすれば、主はあなたのために備えてくださいます。

個人への適用

  1. 今日あなたが抱えている、どのような欠乏や待ち望みのために、「主の山には備えがある」という言葉を聞く必要がありますか。
  2. あなたは神の臨在から離れたところで備えを探し求めていますか。それとも、祈りと御言葉に耳を傾けることを通して、まず神との出会いに上って行く備えができていますか。
  3. あなたが恥として読み取っていた状況の中に、神がご自分の栄光を現す場所として読み直してほしいと願っておられるものはありませんか。
  4. ヤイロのように、人前でイエスの足もとにひれ伏すことを妨げている「人の目」がありますか。もしその打算を手放すとしたら、今朝、神に何と言うでしょうか。
  5. 礼拝の最後に宣言された言葉にならって、あなたの状況について、今週声に出して告白できる具体的な信仰の言葉は何でしょうか。

引用聖句

よくある質問

「エホバ・イルエ」とは正確にはどういう意味で、この御名はどこから来ているのですか。

エホバ・イルエ(ヤハウェ・イルエ)は「主は備えてくださる」という意味です。この御名は創世記22:14に登場します。アブラハムがモリヤの山でイサクをささげようとしたそのとき、神ご自身が息子の代わりとなる雄羊を備えられたことに由来します。アブラハムはその場所にこの名をつけ、「主の山には備えがある」という言葉は、彼の後に続くすべての人、欠乏の中で神の前に立つ人々のための信仰告白となりました。

モリヤの山は聖書のどこに位置していますか。

モリヤの地は創世記22:2に、神がイサクをささげさせるためにアブラハムを遣わされた場所として記されています。聖書の伝承は、後にこの地域を、ソロモンが神殿を建てたエルサレムの丘と同一視しています(歴代誌第二3:1)。つまりそこは、命じられた犠牲の場所であり、神の備えの場所であり、後には生ける神への礼拝の場所ともなった、意味深い土地なのです。

「主の山には備えがある」を今日どのように適用すればよいのですか。

メッセージの中でジュニアス・アナネ長老は、山が神との出会いを象徴していることを思い起こさせます。具体的には、備えは姿勢と結びついています。祈り、断食、礼拝、御言葉を読む時間を持つこと。あちこちに解決策を探し回るのではなく、神に近づいていただくようにすることです。それは魔法ではありません。あなたが神のもとへ上って行くとき、神は下って来てあなたと出会い、あなたが本当に必要としているものを備えてくださるという約束なのです。

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