聖書 — 口語訳 (1955)
ローマ人への手紙 15
概要
ローマ人への手紙15章は、前の章で扱った信者同士の意見の違いの話を引き継ぎます。パウロは、強い人たちに、弱い人の弱さをにない、キリストにならって互いに受け入れるよう求めます。それは、ユダヤ人も異邦人も、一つの声で神をあがめるためです。パウロは聖書の中に望みの土台を見いだし、さらに異邦人への奉仕、エルサレムの貧しい人々への献金、そしてスペインへ向かう前にローマを訪ねたいという願いを語ります。章は祈りの要請で結ばれます。
この章の5つの区分
1わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さをになうべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。
2わたしたちひとりびとりは、隣り人の徳を高めるために、その益を図って彼らを喜ばすべきである。
3キリストさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかった。むしろ「あなたをそしる者のそしりが、わたしに降りかかった」と書いてあるとおりであった。
4これまでに書かれた事がらは、すべてわたしたちの教のために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みをいだかせるためである。
5どうか、忍耐と慰めとの神が、あなたがたに、キリスト・イエスにならって互に同じ思いをいだかせ、
6こうして、心を一つにし、声を合わせて、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神をあがめさせて下さるように。
7こういうわけで、キリストもわたしたちを受けいれて下さったように、あなたがたも互に受けいれて、神の栄光をあらわすべきである。
8わたしは言う、キリストは神の真実を明らかにするために、割礼のある者の僕となられた。それは父祖たちの受けた約束を保証すると共に、
9異邦人もあわれみを受けて神をあがめるようになるためである、「それゆえ、わたしは、異邦人の中で あなたにさんびをささげ、また、御名をほめ歌う」と書いてあるとおりである。
10また、こう言っている、「異邦人よ、主の民と共に喜べ」。
11また、「すべての異邦人よ、主をほめまつれ。もろもろの民よ、主をほめたたえよ」。
12またイザヤは言っている、「エッサイの根から芽が出て、異邦人を治めるために立ち上がる者が来る。異邦人は彼に望みをおくであろう」。
13どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。
14さて、わたしの兄弟たちよ。あなたがた自身が、善意にあふれ、あらゆる知恵に満たされ、そして互に訓戒し合う力のあることを、わたしは堅く信じている。
15しかし、わたしはあなたがたの記憶を新たにするために、ところどころ、かなり思いきって書いた。それは、神からわたしに賜わった恵みによって、書いたのである。
16このように恵みを受けたのは、わたしが異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となり、神の福音のために祭司の役を勤め、こうして異邦人を、聖霊によってきよめられた、御旨にかなうささげ物とするためである。
17だから、わたしは神への奉仕については、キリスト・イエスにあって誇りうるのである。
18わたしは、異邦人を従順にするために、キリストがわたしを用いて、言葉とわざ、
19しるしと不思議との力、聖霊の力によって、働かせて下さったことの外には、あえて何も語ろうとは思わない。こうして、わたしはエルサレムから始まり、巡りめぐってイルリコに至るまで、キリストの福音を満たしてきた。
20その際、わたしの切に望んだところは、他人の土台の上に建てることをしないで、キリストの御名がまだ唱えられていない所に福音を宣べ伝えることであった。
21すなわち、「彼のことを宣べ伝えられていなかった人々が見、聞いていなかった人々が悟るであろう」と書いてあるとおりである。
22こういうわけで、わたしはあなたがたの所に行くことを、たびたび妨げられてきた。
23しかし今では、この地方にはもはや働く余地がなく、かつイスパニヤに赴く場合、あなたがたの所に行くことを、多年、熱望していたので、――
24その途中あなたがたに会い、まず幾分でもわたしの願いがあなたがたによって満たされたら、あなたがたに送られてそこへ行くことを、望んでいるのである。
25しかし今の場合、聖徒たちに仕えるために、わたしはエルサレムに行こうとしている。
26なぜなら、マケドニヤとアカヤとの人々は、エルサレムにおる聖徒の中の貧しい人々を援助することに賛成したからである。
27たしかに、彼らは賛成した。しかし同時に、彼らはかの人々に負債がある。というのは、もし異邦人が彼らの霊の物にあずかったとすれば、肉の物をもって彼らに仕えるのは、当然だからである。
28そこでわたしは、この仕事を済ませて彼らにこの実を手渡した後、あなたがたの所をとおって、イスパニヤに行こうと思う。
29そしてあなたがたの所に行く時には、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと、信じている。
30兄弟たちよ。わたしたちの主イエス・キリストにより、かつ御霊の愛によって、あなたがたにお願いする。どうか、共に力をつくして、わたしのために神に祈ってほしい。
31すなわち、わたしがユダヤにおる不信の徒から救われ、そしてエルサレムに対するわたしの奉仕が聖徒たちに受けいれられるものとなるように、
32また、神の御旨により、喜びをもってあなたがたの所に行き、共になぐさめ合うことができるように祈ってもらいたい。
33どうか、平和の神があなたがた一同と共にいますように、アァメン。
鍵となる聖句
わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さをになうべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。
強さは特権ではなく責任です。信仰に堅く立つ人は、自分の安らぎを求めるよりも、そうでない人をになうよう招かれています。
これまでに書かれた事がらは、すべてわたしたちの教のために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みをいだかせるためである。
パウロは、昔の聖書が何のために与えられたかを思い起こさせます。聖書は忍耐と慰めを育て、それによって望みが大きくなっていきます。
こういうわけで、キリストもわたしたちを受けいれて下さったように、あなたがたも互に受けいれて、神の栄光をあらわすべきである。
受け入れることの模範は、キリストご自身です。相手が自分と似ているから受け入れるのではなく、私たち自身が無条件に受け入れられたから受け入れるのです。
どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。
祈りの形をとった祝福です。神は「望みの神」と呼ばれ、聖霊の力によって、喜びと平安と望みがあふれ出ます。
説教が語っていること
ローマ人への手紙15章についてよくある質問
ローマ人への手紙15章1節はどういう意味ですか。
パウロは、信仰がしっかりしている人に、そうでない人の弱さを担うよう求めています。自分の満足を求めてはならないということです。見下したり強制したりすることではなく、忍耐をもって、相手の徳を高めるために相手をになうことです。それは、ご自身を喜ばせることをなさらなかったキリストにならう歩みです。
ローマ人への手紙15章のメッセージは何ですか。
この章は、キリストが私たちを受け入れてくださったように、違いがあっても互いに受け入れ合うよう呼びかけています。それによって、一つになった民によって神があがめられます。また、望みは聖書と聖霊から来ること、そして福音はすべての国民に向けられていることも示しています。
ローマ人への手紙15章13節の「望みの神」とはどういう意味ですか。
この言い方は、神が望みの源であることを示しています。望みとは、状況ではなく神の約束に基づく、確かな待ち望みです。パウロは、この望みが聖霊の力によって、信仰における喜びと平安へとあふれ出るように祈っています。
ローマ人への手紙 15を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。