はじめに
バーミンガムにあるGas Street Churchのチームの一員であるソフィー・クルー(Sophie Crew)が、子どもから大人まで最初から最後まで一緒に過ごす世代共通の礼拝で、このメッセージを語りました。シリーズのテーマは「希望」で、この朝の礼拝は「錨(いかり)」というひとつのイメージを中心に進みました。
彼女は、ごく素朴な気づきから話を始めます。希望は、わかっているつもりでいても、誰かに説明を求められると答えに詰まってしまう言葉のひとつです。私たちはこの言葉をしょっちゅう使います。「雨が降らないといいな」「サッカーの試合に勝てるといいね」。でも、イエスに従う者にとって希望を持つとは、どういうことでしょうか。
その答えを探して、ソフィー・ヘブル人への手紙6章19節を開きます。「わたしたちはこの望みを、たましいの安全で確実な錨のように、保っている。」彼女は錨について「かなり念入りに調べた」と言い、そこから希望についての三つの教えを引き出します。そして最後に、その希望をほかの人にあふれさせるよう招きます。
メッセージの流れ
1. 確かな希望、ただの願いではない
- クリスチャンの希望は「ただの願いやポジティブ思考ではありません」。それは「確かで、揺るがず、しっかりした」希望です。
- この言葉を理解するには、聖書に目を向けるのがいちばんです。ヘブル人への手紙6章19節は、希望をたましいの錨にたとえています。
- 礼拝の中で、大人と若者のふたりのボランティアが、ロープに触れずにプラスチックの錨を持ち帰るというゲームに挑戦しました。ソフィー・クルーは、このイメージに「ズームイン」しようと呼びかけます。希望は錨のようなものなのです。
2. 錨は流されるのを防いでくれる
- 錨について最初に学ぶこと、それは流されないようにしてくれるということです。語り手は、先ほど映像で見たブルーというキャラクターの話に戻ります。ブルーの浮き輪は、いつも深いほうへ流されていきました。何もそれをつなぎ止めていなかったからです。
- 私たちの人生でも、気づかないうちに深みへ流されてしまうことがあります。仕事や宿題に追われて、教会に来る回数が減っていきます。
- あるいは、Netflixの新しいドラマやYouTuberに夢中になって、ふと気づきます。「聖書を読んでいなかった。祈って神様と語り合う時間を取っていなかった」と。
- もしかすると、あなたは神様から、イエスとの関係から離れてしまったと感じながら礼拝に来たのかもしれません。ソフィー・クルーは、そんなあなたに「とても良い知らせ」があると言います。私たちにはこの錨があるのです。
3. 錨は神様、そしてイエスは鎖
- 錨とは神様です。神様がどなたなのか、その人格、その本質です。それは確かで揺るぎない土台です。
- 錨と船をつなぐ鎖は、どこかイエスに似ています。イエスは私たちを父なる神のもとへ連れ戻し、神様とつないでくださいます。
- これこそが希望を与えてくれるものです。私たちは神様から決して引き離されることがないと知っているからです。
- あなたがイエスに「はい」と答えるとき、イエスは錨と、つまり神様のご本質と、確かで揺るぎない結びつきを作ってくださいます。
4. 錨は嵐の中で船を安定させる
- 二つ目の教えです。錨は、嵐の中でも船を安定させます。会衆はこの朝、まさにそれを歌いました。「嵐の中でも、主は主です。」
- 錨があるからといって、嵐も、つらい一日も、混乱の時期も、決して通らないということではありません。何かがあなたをその場にとどめてくれるということです。
- 人生の波があなたを飲み込もうとし、あなたの人生という船が揺れ始めることもあるでしょう。けれども「風や波は船を動かすことはできても、錨を動かすことはできません」。
- 困難が来るとき、あなたの安全は神様にあります。神様はあなたの足を地にしっかりと立たせてくださいます。あなたは神様に支えられているのです。
5. 錨は安全な場所に据えられている
- 最後の教えです。錨は安全な場所に据えられています。イエスを通して神様を知るとき、神様への希望もそのように働きます。
- あなたの安全は、もう流されずにいられる自分の力や、嵐や波を押し返す自分の強さには左右されません。それは神様から来ます。
- イエスを通して神様につながれているなら、あなたは安心していられます。自分よりも大きな存在に支えられているからです。
- 聖書は神様を、山、岩、砦など、動かすのがとても難しいほかのものにたとえて描いています。神様は強く、力ある方であり、神様のそばにいれば安全です。
6. 周りの人へあふれ出す希望
- この希望は、自分の中だけにしまっておくためのものではありません。それは湧き出し、あふれ始めます。私たちは希望を持つ人になるのです。
- ローマ人への手紙15章13節にこう書いています。「どうか、希望の神があなたがたを信仰によるすべての喜びと平和とで満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせて下さるように。」
- 私たちは、周りの人にこの強く、揺るがず、確かな錨を差し出すことができます。イエスこそ私たちの希望です。イエスは、私たちを創造主である父につないでくださる方だからです。
- 世界は「完全に絶望していて、希望に飢えて」います。イエスが与えてくださるような自由を与えられる人はほかにおらず、私たちを造り、私たちをよく知っておられる方との関係に導ける人もほかにいないからです。
- イエスはいのちを、ヨハネの福音書が語るように豊かないのちを与えてくださいます。今日だけのものではなく、永遠に続くいのちです。
7. 錨のもとへ戻る
- ソフィー・クルーは、ヘブル人への手紙6章19節を読み返してメッセージを締めくくります。もし流されているように感じるなら、人生の嵐が巨大で恐ろしく思えるなら、足もとの地面が不安定に思えるなら、あなたはこの錨のもとへ戻ることができます。
- 錨とは神様ご自身であり、私たちはイエスを通して神様につながっています。イエスは、私たちが父との関係を取り戻せるようにしてくださいます。
- 「私たちは、心の中に本当に希望を抱いている人になりたいと思いませんか。」
- これに応えて、会衆はひとりひとり、紙の輪に自分の名前を書き、イエスに希望を置くことを表しました。その輪は列から列へとつなげられ、ステージの前に置かれました。個人としても教会としても、私たちの希望はイエスに根ざしていることを思い起こすためです。
- 祈りに招かれたひとりは、嵐の中にいる人たちのために執り成しました。「イエス様、その人たちの錨になってください。」そしてこう続けました。「ほかのものに希望を置いてしまったときのことをお赦しください。毎日あなたを選び、あなたにつながっていられるよう助けてください。」
要点
- クリスチャンの希望は、願いやポジティブ思考ではありません。それは、たましいの安全で確実な錨です。
- 錨とは神様ご自身です。イエスは、あなたを神様につなぎ、父のもとへ連れ戻してくださる鎖です。
- 錨があっても嵐がなくなるわけではありませんが、風や波は錨を動かすことができません。
- あなたの安全は、流されずにいられる自分の力にではなく、神様にかかっています。
- イエスにあって受け取った希望はあふれ出します。私たちはそれを、希望に飢えた世界に差し出すことができます。
自分への問いかけ
- 今、どの分野で流されていると感じますか。仕事、勉強、スマホやテレビの画面、祈り、聖書を読むことなど。
- 「期待している」と言うとき、それは単なる願いですか。それとも、神様がどなたであるかに根ざした信頼ですか。
- あなたはどんな嵐の中にいますか。波があなたの錨を動かせないと思い出すなら、何が変わるでしょうか。
- 神様の代わりに、ほかのどんなものに希望を置いてきましたか。
- あなたの周りで、今週、イエスにある希望について話してもらう必要がある人は誰ですか。
引用された聖句
よくある質問
ヘブル人への手紙6章19節の「たましいの錨」とはどういう意味ですか。
ソフィー・クルーによれば、このイメージはクリスチャンの希望とは何かを表しています。錨は船が流されるのを防ぎ、嵐の中でも船を安定させ、安全な場所に据えられます。錨とは神様ご自身であり、その人格と本質です。イエスは、船と錨をつなぐ鎖のような方です。私たちを父のもとへ連れ戻してくださいます。
クリスチャンの希望は、ただのポジティブ思考ですか。
いいえ。私たちは「雨が降らないといいな」「試合に勝てるといいね」と言います。ソフィー・クルーは、こうした日常的な使い方と、イエスの弟子の希望とを区別しています。それは願いでもポジティブ思考でもなく、確かで、揺るがず、しっかりした希望です。神様に根ざしているからです。
神様を錨にしていれば、嵐を通らずにすみますか。
いいえ。錨は、嵐やつらい一日や混乱の時期が決して来ないことを保証するものではありません。何かがあなたをその場にとどめてくれることを保証するものです。風や波は船を動かすことはできても、錨を動かすことはできません。困難の中で、あなたの安全は神様にあります。
メモを取ったり質問したりするにはサインインしてください。