聖書 — 口語訳 (1955)

ガラテヤ人への手紙 6

概要

ガラテヤ人への手紙6章は、共同体の生活のための実際的な勧めで、この手紙を結びます。パウロは、あやまちに陥った人を柔和な心で正すこと、互いの重荷を負い合うこと、自分を偉いと思わないことを求めます。続いて、蒔く人の原則を示します。人は自分の蒔いたものを刈り取り、それは肉に蒔くか、御霊に蒔くかによって決まります。善を行うのに疲れ果てないよう励ましたうえで、メッセージを要約します。大切なのは、キリストの十字架と新しい創造だけです。

この章の4つの区分

  1. 1-5節柔和な心で正し、重荷を負い合う
  2. 6-10節蒔いて刈り取る:善を行うのに疲れ果てない
  3. 11-15節割礼ではなく、十字架を誇る
  4. 16-18節終わりの平安、あわれみ、恵み

1兄弟たちよ。もしもある人が罪過に陥っていることがわかったなら、霊の人であるあなたがたは、柔和な心をもって、その人を正しなさい。それと同時に、もしか自分自身も誘惑に陥ることがありはしないかと、反省しなさい。

2互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。

3もしある人が、事実そうでないのに、自分が何か偉い者であるように思っているとすれば、その人は自分を欺いているのである。

4ひとりびとり、自分の行いを検討してみるがよい。そうすれば、自分だけには誇ることができても、ほかの人には誇れなくなるであろう。

5人はそれぞれ、自分自身の重荷を負うべきである。

6御言を教えてもらう人は、教える人と、すべて良いものを分け合いなさい。

7まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。

8すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。

9わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる。

10だから、機会のあるごとに、だれに対しても、とくに信仰の仲間に対して、善を行おうではないか。

11ごらんなさい。わたし自身いま筆をとって、こんなに大きい字で、あなたがたに書いていることを。

12いったい、肉において見えを飾ろうとする者たちは、キリスト・イエスの十字架のゆえに、迫害を受けたくないばかりに、あなたがたにしいて割礼を受けさせようとする。

13事実、割礼のあるもの自身が律法を守らず、ただ、あなたがたの肉について誇りたいために、割礼を受けさせようとしているのである。

14しかし、わたし自身には、わたしたちの主イエス・キリストの十字架以外に、誇とするものは、断じてあってはならない。この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対して死んでしまったのである。

15割礼のあるなしは問題ではなく、ただ、新しく造られることこそ、重要なのである。

16この法則に従って進む人々の上に、平和とあわれみとがあるように。また、神のイスラエルの上にあるように。

17だれも今後は、わたしに煩いをかけないでほしい。わたしは、イエスの焼き印を身に帯びているのだから。

18兄弟たちよ。わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように、アァメン。

鍵となる聖句

1節
兄弟たちよ。もしもある人が罪過に陥っていることがわかったなら、霊の人であるあなたがたは、柔和な心をもって、その人を正しなさい。それと同時に、もしか自分自身も誘惑に陥ることがありはしないかと、反省しなさい。

兄弟があやまちを犯したとき、パウロは、自分自身の弱さを自覚しながら、柔和な心で正すよう求めます。謙遜のない訂正は、パウロが描いているものではありません。

2節
互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。

互いの重荷を負い合うことは、キリストの律法を全うすることです。そのうえで5節は、各自が自分自身の負うべき責任も持っていると述べます。

7-8節
まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。 すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。

パウロは原因と結果の原則を示します。人は蒔いたものを刈り取ります。肉に蒔けば滅びを刈り取り、御霊に蒔けば永遠のいのちを刈り取ります。

9節
わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる。

善を行うには忍耐が必要です。パウロは、たゆまない者には時が来れば刈り取ることになると約束しますが、その時期も形も定めてはいません。

説教が語っていること

ガラテヤ人への手紙6章についてよくある質問

「互に重荷を負い合いなさい」とはどういう意味ですか

パウロは、信徒が困難、とくに、あやまち、疲れ、試練のときに互いに支え合うよう求めます。少しあとの節では、各自が自分自身の荷を負うとも言います。この二つの考えは補い合っています。相手の立場を奪わず、相手の責任を逃れさせることなく助けるのです。こうして、キリストの律法を全うするのだとパウロは言います。

ガラテヤ6章7節の「神は侮られるようなかたではない」とはどういう意味ですか

パウロは、私たちの選択が結果を生み、あるものを蒔いて別のものを期待することはできないと思い起こさせます。次の節がそれを当てはめます。肉に蒔けば滅びを刈り取り、御霊に蒔けば永遠のいのちを刈り取ります。これは理由のない脅しではなく、自分が進んでいる方向について、はっきり目を開くようにとの呼びかけです。

ガラテヤ6章9節は、善を行う人に何を約束していますか

この聖句は、疲れ果てない人に、時が来れば刈り取ることになると約束しています。すぐに報いがあるとも、特定の種類の報いがあるとも保証してはいません。結果が遅れるときにも、神の真実に信頼して、善を行い続けるようにと招いています。

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