聖書 — 口語訳 (1955)
ガラテヤ人への手紙 5
概要
ガラテヤ人への手紙5章は、キリスト者の自由を語る大切な章です。パウロは、キリストへの信仰に律法、特に割礼を加えようとする誘惑の中にいる信者たちに語りかけます。キリストはあなたがたを自由にしてくださったのだから、再びくびきの下に戻ってはならないと言います。しかしこの自由は、欲望のままに生きる許可ではなく、愛をもって仕えるためのものです。そこでパウロは二つの生き方を対比します。数え上げられる肉のわざと、愛に始まる御霊の実です。キリストに属する者は、御霊によって歩むよう招かれています。
この章の6つの区分
1自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。
2見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう。
3割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。
4律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。
5わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。
6キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
7あなたがたはよく走り続けてきたのに、だれが邪魔をして、真理にそむかせたのか。
8そのような勧誘は、あなたがたを召されたかたから出たものではない。
9少しのパン種でも、粉のかたまり全体をふくらませる。
10あなたがたはいささかもわたしと違った思いをいだくことはないと、主にあって信頼している。しかし、あなたがたを動揺させている者は、それがだれであろうと、さばきを受けるであろう。
11兄弟たちよ。わたしがもし今でも割礼を宣べ伝えていたら、どうして、いまなお迫害されるはずがあろうか。そうしていたら、十字架のつまずきは、なくなっているであろう。
12あなたがたの煽動者どもは、自ら去勢してしまうがよかろう。
13兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。
14律法の全体は、「自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ」というこの一句に尽きるからである。
15気をつけるがよい。もし互にかみ合い、食い合っているなら、あなたがたは互に滅ぼされてしまうだろう。
16わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
17なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、また御霊の欲するところは肉に反するからである。こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、あなたがたは自分でしようと思うことを、することができないようになる。
18もしあなたがたが御霊に導かれるなら、律法の下にはいない。
19肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、
20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、
21ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。
22しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、
23柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
24キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、その情と欲と共に十字架につけてしまったのである。
25もしわたしたちが御霊によって生きるのなら、また御霊によって進もうではないか。
26互にいどみ合い、互にねたみ合って、虚栄に生きてはならない。
鍵となる聖句
自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。
章の冒頭が主題です。キリストは、私たちが本当に自由であるように解放してくださいました。パウロは、再び奴隷のくびきにつながれないよう、固く立つことを求めます。ここでの奴隷とは、律法によって義とされようとすることです。
キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
大切なのは儀式でも宗教的な所属でもなく、愛によって働く信仰です。この節は、受けた恵みと、そこから生まれる生き方を結びつけています。
兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。
キリスト者の自由は、自分のために生きる口実ではありません。その意味は、愛をもって互いに仕えることの中にあります。
わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、決して肉の欲を満たすことはない。
パウロは方法を示します。御霊によって歩むことです。意志の力だけで戦うのではなく、肉の欲に逆らう御霊に日々頼って生きるということです。
しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、 柔和、自制であって、これらを否定する律法はない。
御霊の実は単数で示されています。愛から自制へと成長していく一つの品性です。成果の一覧ではなく、御霊に導かれる生き方の結果です。
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説教が語っていること
ガラテヤ人への手紙5章についてよくある質問
ガラテヤ人への手紙5章1節はどういう意味ですか。
パウロは、キリストが私たちを自由にしてくださったのは、努力による宗教に逆戻りするためではなく、自由に生きるためだと思い出させます。文脈では、救いの条件として割礼や律法を信仰に付け加えてはならないということです。ここで語られる自由とは、まず恵みによって受け入れられている自由です。
ガラテヤ人への手紙5章の御霊の実とは何ですか。
パウロは、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、忠実、柔和、自制を挙げています。実は単数です。御霊によって歩むときに育つ一つの品性であり、チェックしていく努力目標の一覧ではありません。
肉のわざとは何ですか。
19節から21節でパウロが挙げている行いです。汚れ、偶像礼拝、ねたみ、怒り、党派心、分裂、泥酔などです。ここで肉とは、自分のために生きる人間の性質を指し、御霊に導かれる生き方と対比されています。
ガラテヤ人への手紙 5を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。