ガラテヤ6章:共に集まり、互いの重荷を負い合いましょう

読了時間 7分

はじめに

「今日、重荷を持っていない人がいるでしょうか。」10月7日の朝のデボーションは、Église Évangélique Paris Métropole の断食と祈りの週の3日目でした。アルベリック牧師は、ひとつの聖句に心を留めます。「互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう」(ガラテヤ人への手紙6章2節)。

冒頭に読まれたローマ人への手紙12章9〜15節が、メッセージの調子を示します。偽りのない愛、喜ぶ者と共に喜び、泣く者と共に泣く愛です。教会は、だれもが耳を傾けてもらい、支えられ、思いやりに出会える家族となるよう招かれています。

メッセージは短く、率直です。荒野をひとりで通らないでください。共に集められた私たちは、イエスが先に私たちの重荷を負ってくださったように、互いの重荷を負い合うよう招かれています。

メッセージの流れ

1. 重荷とは何でしょうか

  • この言葉は専門用語のように聞こえるかもしれません。牧師によれば、重荷とは「人の上にのしかかるもの」です。
  • 「重荷はあなたにのしかかります。」心地よいものではなく、あなたを圧迫し、自由な人生を生きることを妨げることがあります。
  • だれも例外ではありません。問うべきは、だれが重荷を持っているかではなく、だれが持っていないかです。

2. 教会、共に立ち上がる家族

  • うまく機能している家族では、ひとりが困難を通ると、「家族全体が揺さぶられます」。
  • 牧師は、自分自身の人生でとても厳しかった時期を思い出します。そのとき、家族や友人が自分のまわりに集まってくれるのを見ました。これが集まりに期待されるあり方であり、教会にも当てはまります。
  • キリストの家族は、血のつながりがないのに互いを兄弟姉妹と呼ぶ、唯一の家族です。「そうであるなら、私たちは互いに支え合わなければなりません。」

3. 目に見える重荷と見えない重荷

  • ガラテヤ6章2節は、使徒パウロから教会への言葉です。「互に重荷を負い合いなさい。そうすれば、あなたがたはキリストの律法を全うするであろう。」
  • 目に見える重荷があります。病気、死別、大切な人だったために非常に長く続く悲しみ、住まい探し、楽ではない生活などです。
  • 目に見えない重荷もあります。孤独、落胆、霊的な戦いです。依存をやめたいのにやめられず、祈って、また祈って、それを自分を苦しめる重荷として抱えています。
  • 教会に大勢の人がいても、重荷をひとりで抱えていることがあります。「聖書が私たちに求めているのは、そのようなことではありません。」

4. 重荷を負うとは、問題を解決することではありません

  • 「私たちは神ではありません。」人間にはできないことがあります。主はあなたを通して状況を打開し、扉を開き、兄弟姉妹に住まいを与えることができますが、あなたは神ではありません。
  • だれかの重荷を負うとは、その人と共にいること、その人のために祈ること、助けること、励ますことです。
  • その人の代わりに試練を生きることではありません。あなたが死別の悲しみの中にいないなら、相手の悲しみを生きることはできません。しかし、相手と共にいることはできます。
  • 神は、互いに励まし合い、互いの重荷を負い合う家族を望んでおられます。

5. キリストの律法、愛と思いやり

  • 重荷を負うには、愛と思いやりが必要です。「その人への思いやりがないのに、どうしてその人の重荷を負えるでしょうか。」
  • パウロの語るキリストの律法とは、「ただ、あなたの隣り人を自分のように愛せよ、ということです」(ガラテヤ人への手紙5章14節)。
  • 隣人を愛するなら、その人の重荷を負い、自分を差し出し、そこにいて、励まし、「神からのみ来る」解決へと導きたいと願うでしょう。
  • 牧師は死別の話に戻ります。もしあなたがその時を通っているなら、教会は手を差し伸べるためにそこにいます。あなたがひとりで過ごさないように、そしてあなたの祈りの課題を、恵みの御座まで共に携えていくためにです。また、あなたが病気のとき、医師がもう他に手立てはないと言っても、教会はその課題を祈りの中であなたと共に担います。

6. 初代教会はペテロを祈りで担いました

  • 使徒行伝12章5節で、ペテロは獄に監禁され、「教会では彼のために、熱心な祈が神にささげられた」とあります。牧師は、この節の後半が大好きだと言います。
  • 「教会は、祈りによってペテロの重荷を担っていました。」ペテロは出ることを妨げられていましたが、教会はひざまずいており、この出来事は奇跡で終わります。
  • 「あなたの荒野をひとりで通らないでください。あなたの課題をひとりで抱えないでください。」私たちは家族です。
  • 使徒パウロも、使徒行伝や手紙の中で兄弟たちに「私のために祈ってください、祈りで私たちを支えてください」と願いました。牧師は、自分たちの上にある権威者のためにも祈りの中で担うべきだと付け加えます。

7. イエスが先に私たちの重荷を負ってくださいました

  • 「最初に私たちの重荷を負ってくださったのは、イエスです。」イエスは私たちの罪の代価を負い、私たちに平安を与える懲らしめがイエスの上に下されました(イザヤ書53章5節)。
  • パウロは言います。「わたしがキリストにならう者であるように、あなたがたもわたしにならう者となりなさい」(コリント人への第一の手紙11章1節)。キリストはあなたを担ってくださいました。今日も、あなたが祈るとき、神は聞き、答えてくださいます。
  • 「義人の祈は、働くことによって、大いに力がある」(ヤコブの手紙5章16節)。あなたがイエスを受け入れた日に、イエスはあなたを義としてくださいました。ですから、あなたの祈りには大きな力があります。
  • まだイエスに人生を委ねていない方へ。イエスはあなたの重荷を負い、あなたを愛し、「愛の綱」であなたを引き寄せて、ご自分のもとに来るよう招いておられます。「どんな状況にも、イエス・キリストにある解決があります。」
  • 「元気ですか」と聞かれて、習慣で「元気です」と答えることがよくあります。それは「うわべだけの元気です」。牧師は、代わりにこう尋ねるよう勧めます。「どんなことでお役に立てますか。何についてあなたのために祈れますか。」そして、知恵をもって、自分も弱さを見せ、頼むことを学ぶようにとも勧めます。

心に留めたいこと

  • だれも重荷なしではありません。それが目に見えるもの(病気、死別)であれ、見えないもの(孤独、落胆、霊的な戦い)であれです。
  • 相手の重荷を負うとは、問題を解決することではありません。相手と共にいること、祈ること、助けること、励ますことです。
  • キリストの律法は隣人愛です。思いやりがなければ、だれかの重荷を負うことはできません。
  • 牢にいたペテロのために教会がしたように、私たちは兄弟姉妹の重荷を、まず祈りによって負います。
  • イエスが先に私たちの重荷を負ってくださいました。私たちは、ほかの人の重荷を負うことでイエスにならいます。

個人への適用

  1. 今、目に見えるものでも見えないものでも、どんな重荷をひとりで抱えていますか。
  2. 今週、知恵をもって、だれにあなたのための祈りを頼めるでしょうか。
  3. あなたのまわりで、どの兄弟姉妹が試練を通っているでしょうか。すべてを解決しようとせずに、どのようにそばにいられるでしょうか。
  4. 次に「元気です」と答える人がいたら、思い切ってこう尋ねてみませんか。「どんなことでお役に立てますか。何について祈れますか。」
  5. あなたは、自分の責任者や権威者のためにも祈りの中で担っていますか。

引用された聖句

よくある質問

「互いの重荷を負い合う」とはどういう意味ですか。

アルベリック牧師によれば、だれかの重荷を負うとは、その人の問題を解決することでも、その人の代わりに試練を生きることでもありません。私たちは神ではないからです。その人と共にいること、その人のために祈ること、助けること、励ますことであり、その人がこの時をひとりで通らなくてすむようにすることです。

ガラテヤ6章2節の「キリストの律法」とは何ですか。

説教者によれば、キリストの律法とは、ただ「あなたの隣り人を自分のように愛せよ」ということです。隣人を愛するなら、その人への思いやりを持ち、自分を差し出し、神から来る解決まで、その人の重荷を負うでしょう。

初代教会はどのように重荷を負ったのですか。

ペテロが獄にいたとき、教会は彼のために熱心な祈りを神にささげ続けました(使徒行伝12章5節)。教会は祈りによってペテロの重荷を担い、神は奇跡を行われました。使徒パウロも、兄弟たちに祈りで自分を支えてほしいと願いました。

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