聖書 — 口語訳 (1955)
ヤコブの手紙 5
概要
ヤコブの手紙5章は、労働者への賃金を支払わなかった富む者たちへの厳しい警告で始まります。続いて、主の来臨までの忍耐が呼びかけられ、収穫を待つ農夫、預言者たち、ヨブが模範として示されます。さらにヤコブは、苦しみの中でも喜びの中でも祈るように勧め、病んでいる人のために教会の長老たちを招いて祈ってもらうよう語ります。罪の告白、義人の祈りの力、エリヤの例を語り、道に踏み迷う人を引きもどすよう励まして結びます。
この章の5つの区分
1富んでいる人たちよ。よく聞きなさい。あなたがたは、自分の身に降りかかろうとしているわざわいを思って、泣き叫ぶがよい。
2あなたがたの富は朽ち果て、着物はむしばまれ、
3金銀はさびている。そして、そのさびの毒は、あなたがたの罪を責め、あなたがたの肉を火のように食いつくすであろう。あなたがたは、終りの時にいるのに、なお宝をたくわえている。
4見よ、あなたがたが労働者たちに畑の刈入れをさせながら、支払わずにいる賃銀が、叫んでいる。そして、刈入れをした人たちの叫び声が、すでに万軍の主の耳に達している。
5あなたがたは、地上でおごり暮し、快楽にふけり、「ほふらるる日」のために、おのが心を肥やしている。
6そして、義人を罪に定め、これを殺した。しかも彼は、あなたがたに抵抗しない。
7だから、兄弟たちよ。主の来臨の時まで耐え忍びなさい。見よ、農夫は、地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている。
8あなたがたも、主の来臨が近づいているから、耐え忍びなさい。心を強くしていなさい。
9兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。さばきを受けるかも知れないから。見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる。
10兄弟たちよ。苦しみを耐え忍ぶことについては、主の御名によって語った預言者たちを模範にするがよい。
11忍び抜いた人たちはさいわいであると、わたしたちは思う。あなたがたは、ヨブの忍耐のことを聞いている。また、主が彼になさったことの結末を見て、主がいかに慈愛とあわれみとに富んだかたであるかが、わかるはずである。
12さて、わたしの兄弟たちよ。何はともあれ、誓いをしてはならない。天をさしても、地をさしても、あるいは、そのほかのどんな誓いによっても、いっさい誓ってはならない。むしろ、「しかり」を「しかり」とし、「否」を「否」としなさい。そうしないと、あなたがたは、さばきを受けることになる。
13あなたがたの中に、苦しんでいる者があるか。その人は、祈るがよい。喜んでいる者があるか。その人は、さんびするがよい。
14あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。
15信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。
16だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。
17エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈をささげたところ、三年六か月のあいだ、地上に雨が降らなかった。
18それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた。
19わたしの兄弟たちよ。あなたがたのうち、真理の道から踏み迷う者があり、だれかが彼を引きもどすなら、
20かように罪人を迷いの道から引きもどす人は、そのたましいを死から救い出し、かつ、多くの罪をおおうものであることを、知るべきである。
鍵となる聖句
だから、兄弟たちよ。主の来臨の時まで耐え忍びなさい。見よ、農夫は、地の尊い実りを、前の雨と後の雨とがあるまで、耐え忍んで待っている。 あなたがたも、主の来臨が近づいているから、耐え忍びなさい。心を強くしていなさい。
ヤコブは、前の雨と後の雨を待つ農夫の姿を取り上げます。聖書の忍耐は受け身ではなく、尊い目的、忠実な働き、そして主の来臨に向けた望みを伴うものです。
兄弟たちよ。互に不平を言い合ってはならない。さばきを受けるかも知れないから。見よ、さばき主が、すでに戸口に立っておられる。
ヤコブは忍耐を、信じる者同士の振る舞いに結びつけます。互いに不平を言い合わないのは、さばき主が戸口に立っておられるからです。イエスの来臨を待つことは、日々の人間関係の中でも生きられます。
あなたがたの中に、病んでいる者があるか。その人は、教会の長老たちを招き、主の御名によって、オリブ油を注いで祈ってもらうがよい。 信仰による祈は、病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ちあがらせて下さる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。
病んでいる人は、教会の長老たちを招き、主の御名によってオリブ油を注いで祈ってもらうよう勧められています。手紙は信仰による祈りを語り、結果は神にゆだねています。この箇所の意味の範囲については、キリスト教の諸伝統の間で理解が異なります。
だから、互に罪を告白し合い、また、いやされるようにお互のために祈りなさい。義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである。
互いに罪を告白し、お互いのために祈ることは、広い意味での癒やし、つまり回復と結びつけられています。この節は、義人の祈りが大いに力があり、効果のあるものだと述べています。
エリヤは、わたしたちと同じ人間であったが、雨が降らないようにと祈をささげたところ、三年六か月のあいだ、地上に雨が降らなかった。 それから、ふたたび祈ったところ、天は雨を降らせ、地はその実をみのらせた。
エリヤは、私たちと同じ人間として示されています。この例は励ましのためのものです。ふつうの人が熱心に祈ったのなら、祈りは一部の英雄だけのものではありません。
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説教が語っていること
ヤコブの手紙5章についてよくある質問
ヤコブの手紙5章14節と15節の油注ぎは何を意味しますか
ヤコブは、病んでいる人が教会の長老たちを招き、長老たちが主の御名によって油を注いで祈ることを勧めています。油は、献身の象徴的な行為と理解されることもあれば、祈りと結びついたしるしと理解されることもあります。キリスト教の諸伝統は、さまざまに解釈しています。本文が強調しているのは信仰による祈りと共同体の役割であり、自動的な結果を約束してはいません。
「義人の祈は、大いに力があり、効果のあるものである」とはどういう意味ですか
16節は、神の前に正しく生きる人の祈りが大きな力を生むと述べています。ヤコブは続いて、私たちと同じ人間であるエリヤの例を挙げます。力は技術や雄弁さにあるのではなく、祈りが向けられる神と、祈る人の心にあります。
なぜヤコブは、罪を互いに告白するように言うのですか
ヤコブにとって、隠された罪は人を孤立させ弱くしますが、信頼の中での告白は回復への道を開きます。彼は互いの告白を、お互いのための祈りと結びつけています。信じる者たちは、そこに共同体の中での透明さへの招きを見ますが、誰にでもすべてを話す義務とはしません。
なぜヤコブは、主の来臨までの忍耐について語るのですか
ヤコブの手紙の読者は、不正と貧しさに苦しんでいました。彼は、農夫が収穫を待つように、耐え忍んで、互いに不平を言わずに待ちなさいと語ります。主が来られるからです。預言者たちとヨブを例に挙げ、その結末が、主が慈愛とあわれみに富んだ方であることを示していると語ります。
ヤコブの手紙 5を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。