はじめに
耐え忍ぶとは、疲れることなく前に進み続けることではありません。やめたい気持ちがあっても、結果がなかなか出なくても、だれも拍手してくれなくても、歩き続けることです。聖書はこの粘り強さについて繰り返し語りますが、それを個人の意志の強さの問題としては描きません。神は、耐え抜こうとする人を支えてくださいます。このページでは、口語訳の聖書から20の言葉を五つの段階に分けて紹介します。イエスから目を離さずに走ること、長く続く試練を通ること、善を行うことに疲れないこと、最後まで持ちこたえること、そして続ける力を神から受けることです。一日に一節ずつ読み、カードに書いて目に入る所に置いてもよいですし、今のあなたの状況に合う項目を選んでもかまいません。どの箇所も、だれが、だれに向けて語ったのかが分かるように、背景とともに説明しています。
イエスから目を離さずに走る
1. ヘブル人への手紙12章1-2節
「こういうわけで、わたしたちは、このような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。」
この手紙の著者は、疲れ果てて信仰を捨てそうになっていた信者たちに書いています。後ろには大勢の証人、前にはイエスがおられると示します。重荷を捨て、十字架まで耐え抜かれた方に目を注ぐとき、人はもっとよく走れます。 ヘブル人への手紙12章を全文で読む。
2. コリント人への第一の手紙9章24-25節
「あなたがたは知らないのか。競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者はひとりだけである。あなたがたも、賞を得るように走りなさい。 しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。」
パウロは競技会で有名な町の人々に語っています。運動選手は、しぼんでしまう冠のために厳しい節制を自分に課します。そんなもののためにそこまでするのなら、あなたも信仰のために努力できます。あなたが目指すものは決してしぼまないからです。 コリント人への第一の手紙9章を全文で読む。
3. ピリピ人への手紙3章13-14節
「兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。」
パウロは獄中から書き、自分がまだ到達していないことを認めています。そして一つのことを選びます。成功も失敗も含めた過去にとらわれず、目標に向かって進むことです。耐え抜く歩みは、後ろを振り返り続けないと決めるところから始まることが多いのです。 ピリピ人への手紙3章を全文で読む。
4. テモテへの第二の手紙2章3節
「キリスト・イエスの良い兵卒として、わたしと苦しみを共にしてほしい。」
パウロは、不安で孤独を感じていた若い指導者テモテに書いています。良い兵士として苦しみの分を引き受けてほしいと頼みます。神に仕える道は快適さを約束しませんが、仲間とともに歩む道であり、パウロ自身もその一人です。 テモテへの第二の手紙2章を全文で読む。
試練が思ったより長く続くとき
5. ヤコブの手紙1章12節
「試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。」
ヤコブは、散らされて試練の中にいたキリスト者たちに書いています。圧力の下で踏みとどまる人は幸いだと言います。神とともに通った試練は、いのちに行き着くからです。報いは困難がなくなることではなく、主が愛する者たちに約束されたいのちの冠です。 ヤコブの手紙1章を全文で読む。
6. ローマ人への手紙5章3-5節
「それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。」
パウロは一つの連鎖を描いています。患難は忍耐を生み、忍耐は錬達を生み、錬達は希望を生みます。苦しむこと自体が良いと言っているのではありません。神は何も無駄にされず、すでに御霊によってあなたの心に注がれた神の愛は、すべてが揺らぐときにも支えになると語っています。 ローマ人への手紙5章を全文で読む。
7. ヨブ記23章10節
「しかし彼はわたしの歩む道を知っておられる。彼がわたしを試みられるとき、わたしは金のように出て来るであろう。」
ヨブはすべてを失い、友人たちからも不当に責められています。何が起きているのか理解できませんが、一つの確信を握っています。神は自分の歩む道を知っておられる、ということです。自分の試練が分からないときも、神があなたの居場所を知っておられるという単純な事実に頼ることができます。 ヨブ記23章を全文で読む。
8. 箴言24章16節
「正しい者は七たび倒れても、また起きあがる、しかし、悪しき者は災によって滅びる。」
知恵ある人は、正しい人が倒れないとは言いません。七たび、つまりたびたび倒れても、また起き上がると言います。耐え抜く力は、一度も倒れないことよりも、倒れるたびにもう一度歩き出す決意で測られます。 箴言24章を全文で読む。
善を行うことに疲れない
9. ガラテヤ人への手紙6章9節
「わたしたちは、善を行うことに、うみ疲れてはならない。たゆまないでいると、時が来れば刈り取るようになる。」
パウロは、実りが見えないまま奉仕に疲れていた人々のいる諸教会に書いています。時が来れば刈り取ると約束しますが、条件は一つ、たゆまないことです。あなたが誠実に、人知れず蒔いたものは、神にとって決して失われません。 ガラテヤ人への手紙6章を全文で読む。
10. 詩篇126篇5-6節
「涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。」
この詩篇は、帰還した捕囚の民が、再建の涙を思い出しながら歌ったものです。涙を流して種を蒔くのは無駄に見えますが、刈り入れのときには喜びの声があがると約束されています。涙は、働きが失敗した印ではありません。 詩篇126篇を全文で読む。
11. ルカによる福音書8章15節
「良い地に落ちたのは、御言を聞いたのち、これを正しい良い心でしっかりと守り、耐え忍んで実を結ぶに至る人たちのことである。」
種まきのたとえで、イエスは良い地を描いています。御言をしっかりと守り、耐え忍んで実を結ぶ、正しい良い心のことです。実は一つの季節では実りません。受け取ったものを日々守り続ける心が必要です。 ルカによる福音書8章を全文で読む。
12. ルカによる福音書18章1節
「また、イエスは失望せずに常に祈るべきことを、人々に譬で教えられた。」
ルカは、裁判官に訴え続けるやもめのたとえを紹介します。イエスは話の前に、自らその教えを示されます。人は常に祈るべきであり、失望してはならない、ということです。祈り続けることはしつこく迫ることではなく、毎日戻ってくる信頼です。 ルカによる福音書18章を全文で読む。
最後まで持ちこたえる
13. マタイによる福音書24章13節
「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。」
イエスは弟子たちに、迫害と愛の冷える時代が来ると告げます。その警告の中で、一つの指針を与えます。最後まで耐え忍ぶ者は救われる、と。大切なのは、よく始めることではなく、道にとどまり続けることです。 マタイによる福音書24章を全文で読む。
14. ヘブル人への手紙3章14節
「もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。」
著者は、後戻りしそうな信者たちに警告しています。キリストにあずかる者であることは、時間をかけて確かめられます。最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けることです。初めのころの確信は色あせることがあっても、御言によって再び養われます。 ヘブル人への手紙3章を全文で読む。
15. ヨハネの黙示録3章11節
「わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。」
キリストは、力は小さくても忠実であったフィラデルフィアの教会に語りかけます。持っているものを堅く守りなさい、と。耐え抜くとは、時に、神がすでに託してくださったものを手放さないこと、もっと大きなものを求めないことです。 ヨハネの黙示録3章を全文で読む。
16. テモテへの第二の手紙4章7-8節
「わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。」
パウロは、死が近いことを知りながら獄中でこれを書いています。誇っているのではなく、振り返っています。りっぱに戦い、走るべき道を走りつくし、信仰を守りとおした、と。そして冠は自分だけでなく、主の現れを待ち望むすべての人に用意されていると付け加えます。 テモテへの第二の手紙4章を全文で読む。
続けるための力を神から受ける
17. イザヤ書40章29-31節
「弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。 年若い者も弱り、かつ疲れ、壮年の者も疲れはてて倒れる。 しかし主を待ち望む者は新たなる力を得、わしのように翼をはって、のぼることができる。走っても疲れることなく、歩いても弱ることはない。」
イザヤは、神に忘れられたと思っている疲れ果てた捕囚の民に語ります。約束は明確です。神は弱った者に力を与えられます。年若い者でも疲れますが、主を待ち望む者は新たなる力を得ます。 イザヤ書40章を全文で読む。
18. コリント人への第二の手紙4章8-9節
「わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。 迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。」
パウロは、神のしもべたちが経験することを四つの対比で語ります。四方から患難を受けても窮せず、途方にくれても行き詰まりません。痛みを隠さず、道の終わりが決して見捨てられることではないと示します。倒されても、滅びることはありません。 コリント人への第二の手紙4章を全文で読む。
19. ピリピ人への手紙1章6節
「そして、あなたがたのうちに良いわざを始められたかたが、キリスト・イエスの日までにそれを完成して下さるにちがいないと、確信している。」
パウロは、自分の働きを支えてくれたピリピの人々に感謝しています。神が彼らの中で始めた良いわざを、完成してくださると確信しています。あなたが耐え抜けるのは、あなたが最後までやり遂げる力よりも、そのわざを始められた方の真実にかかっています。 ピリピ人への手紙1章を全文で読む。
20. 詩篇73篇26節
「わが身とわが心とは衰える。しかし神はとこしえにわが心の力、わが嗣業である。」
アサフは、悪しき者が栄えるのを見て信仰の危機を通ったばかりです。考えの終わりに、自分の身も心も衰えることがあると認めます。それでも一つの確信を持ちます。神はとこしえに自分の心の力であり、それで歩き続けるのに十分なのです。 詩篇73篇を全文で読む。
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よくある質問
すべてをやめたくなったとき、耐え抜く助けになる聖書の言葉はどれですか。
ガラテヤ人への手紙6章9節がまず挙げられることが多く、「善を行うことに、うみ疲れてはならない」と語り、時が来れば刈り取ると約束します。ヘブル人への手紙12章1-2節イザヤ書40章31節も助けになります。イエスを見つめることと、神から新たな力を受けることへと招いているからです。
聖書でいう忍耐と耐え忍ぶこととの違いは何ですか。
忍耐は、人や期限を前にして、いらいらせずに待つ力です。耐え忍ぶことは、疲れても前に進み、仕え、信じ続ける、時間をかけた持久力です。二つは結びついており、ヤコブの手紙1章のように、同じ箇所が両方を語っています。
長い試練の中で、信仰を持ち続けるにはどうすればよいですか。
三つのことに支えられてください。短くても毎日読む御言、飾らない祈り、そしてあなたを支える信者たちの存在です。ローマ人への手紙5章3-5節は、神の愛が御霊によってあなたの心に注がれているので、試練をひとりで通るのではないと教えています。