聖書 — 口語訳 (1955)

ヨハネの黙示録 3

概要

ヨハネの黙示録3章には、アジアの諸教会に宛てたキリストの七つの手紙のうち、最後の三つが収められています。サルデスは生きているとの評判がありながら死にかけている教会で、キリストは目を覚まし、悔い改めるよう求めます。フィラデルフィアは力が弱くても忠実な教会で、だれも閉じることのできない開かれた門が約束されます。ラオデキヤは自分を富んでいると思っているなまぬるい教会で、厳しい叱責とともに、キリストから金、白い衣、目薬を買うようにと勧められます。章は、戸口に立って叩くイエスで頂点に達し、戸を開く者とともに食事をすることを申し出ておられます。

この章の3つの区分

  1. 1-6節サルデス:生きているようで眠っている教会
  2. 7-13節フィラデルフィア:忠実な教会に開かれた門
  3. 14-22節ラオデキヤ:なまぬるさと、戸を開く招き

1サルデスにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『神の七つの霊と七つの星とを持つかたが、次のように言われる。わたしはあなたのわざを知っている。すなわち、あなたは、生きているというのは名だけで、実は死んでいる。

2目をさましていて、死にかけている残りの者たちを力づけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神のみまえに完全であるとは見ていない。

3だから、あなたが、どのようにして受けたか、また聞いたかを思い起して、それを守りとおし、かつ悔い改めなさい。もし目をさましていないなら、わたしは盗人のように来るであろう。どんな時にあなたのところに来るか、あなたには決してわからない。

4しかし、サルデスにはその衣を汚さない人が、数人いる。彼らは白い衣を着て、わたしと共に歩みを続けるであろう。彼らは、それにふさわしい者である。

5勝利を得る者は、このように白い衣を着せられるのである。わたしは、その名をいのちの書から消すようなことを、決してしない。また、わたしの父と御使たちの前で、その名を言いあらわそう。

6耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。

7ヒラデルヒヤにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『聖なる者、まことなる者、ダビデのかぎを持つ者、開けばだれにも閉じられることがなく、閉じればだれにも開かれることのない者が、次のように言われる。

8わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。なぜなら、あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。

9見よ、サタンの会堂に属する者、すなわち、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくて、偽る者たちに、こうしよう。見よ、彼らがあなたの足もとにきて平伏するようにし、そして、わたしがあなたを愛していることを、彼らに知らせよう。

10忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。

11わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。

12勝利を得る者を、わたしの神の聖所における柱にしよう。彼は決して二度と外へ出ることはない。そして彼の上に、わたしの神の御名と、わたしの神の都、すなわち、天とわたしの神のみもとから下ってくる新しいエルサレムの名と、わたしの新しい名とを、書きつけよう。

13耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』。

14ラオデキヤにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『アァメンたる者、忠実な、まことの証人、神に造られたものの根源であるかたが、次のように言われる。

15わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。

16このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。

17あなたは、自分は富んでいる。豊かになった、なんの不自由もないと言っているが、実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気がついていない。

18そこで、あなたに勧める。富む者となるために、わたしから火で精錬された金を買い、また、あなたの裸の恥をさらさないため身に着けるように、白い衣を買いなさい。また、見えるようになるため、目にぬる目薬を買いなさい。

19すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。

20見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。

21勝利を得る者には、わたしと共にわたしの座につかせよう。それはちょうど、わたしが勝利を得てわたしの父と共にその御座についたのと同様である。

22耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい』」。

鍵となる聖句

2-3節
目をさましていて、死にかけている残りの者たちを力づけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神のみまえに完全であるとは見ていない。 だから、あなたが、どのようにして受けたか、また聞いたかを思い起して、それを守りとおし、かつ悔い改めなさい。もし目をさましていないなら、わたしは盗人のように来るであろう。どんな時にあなたのところに来るか、あなたには決してわからない。

キリストはサルデスに、目を覚まし、残っているものを強め、受けたものを思い出すよう求めます。そうしなければ、盗人のように来ると警告されます。

8節
わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。なぜなら、あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。

フィラデルフィアに対して、キリストは何も責めません。力は弱くても、御言葉を守ったので、だれも閉じることのできない開かれた門を前に置かれました。

16節
このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。

ラオデキヤの、冷たくも熱くもないなまぬるさは、キリストの意に沿わないものです。熱意のない快適な信仰は、あからさまな反対よりも危ういことをこの聖句は示します。

19節
すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。

キリストは愛する者を叱り、懲らしめられます。叱責は拒絶ではなく、熱心になり悔い改めるようにとの呼びかけです。

20節
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。

戸を叩いて立つイエスの姿は、個人的な招きです。声を聞き、戸を開け、イエスとともに食事をすること。この聖句は、すでに信じている人にも向けられた呼びかけとして読まれることが多くあります。

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説教が語っていること

本質への招き ― 冷たくもなく、なまぬるくもなくラオデキヤへの手紙についての説教です。水が熱せられていくのに慣れてしまうカエルのたとえから始めます。七つの手紙の背景を思い起こさせ、本質であるイエス・キリストに立ち返るよう呼びかけます。要約を読む →彼を招き入れよう:イエスは今もあなたの心の扉を叩いておられる黙示録3章14節から22節のこのメッセージは、なまぬるさを、習慣になった信仰として描きます。ただ生き延びるだけの状態から抜け出し、優先順位の中でキリストが本来の場所を取り戻すよう招きます。要約を読む →イエス様が戸をたたく:分かち合われる食卓説教者は黙示録3章19節から21節に目を留め、イエスと食事をともにするという招きを見いだします。主が信じる者と分かち合いたいと願われる三つの食卓を通して語ります。要約を読む →神の前の裸:キリストが着せたい装いジェームズ・ユティネは、アダムとエバの裸と、白い衣についてのラオデキヤへの勧めを結びつけます。何の陰に隠れているのか、キリストはいちじくの葉の代わりに何を着せようとされるのかを問います。要約を読む →ともしびの油、目を覚ましなさい、夜はふけています聖餐の説教で、ローマ人への手紙13章と黙示録3章を結びつけます。夜は更け、キリストが開かれた門は残っており、教会は目を覚ましているよう召されています。要約を読む →

ヨハネの黙示録3章についてよくある質問

ヨハネの黙示録3章16節の、なまぬるいとはどういう意味ですか

なまぬるいとは、冷たくも熱くもないこと、本当の熱意もなく教会の生活に加わり、自分は問題ないと思っていることです。キリストはラオデキヤの自己満足を責めます。自分は富んでいて、何も必要がないと思っているからです。それでもキリストは彼らを退けず、愛するがゆえに叱られます。

見よ、わたしは戸の外に立って叩いているとはどういう意味ですか

イエスは、ご自分を外に締め出している教会に語りかけています。イエスは叩き、開けてくれるのを待ち、開く者とともに食事をすることを約束されます。このイメージは、イエスとの関係が決して強制ではなく招きであること、そして個人としての応答によって始まることを示しています。

なぜフィラデルフィアの教会には開かれた門が与えられたのですか

キリストは、この教会には力がほとんどないが、御言葉を守り、御名を否まなかったと言われます。開かれた門は、神の恵みのしるしであり、奉仕の機会でもあります。また、だれにも冠を奪われないよう、持っているものを堅く保つよう励まされています。

キリストはサルデスの教会の何を責めておられますか

サルデスは生きているという評判がありますが、死にかけています。その行いは神の前に完全ではありません。キリストは、目を覚まし、受けたものを思い出し、悔い改めるよう求められます。同時に、衣を汚さなかった少数の人々を認めておられます。

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