はじめに
教会の扉を初めて開けるのは、勇気のいることです。服装はどうしよう、献金はどうしたらいいのだろう、しつこく勧誘されないだろうか。そんな不安を抱えて、日曜日の礼拝に来てくださった方に、心から歓迎の気持ちを伝えたいと思います。教会は、完璧な人が集まる場所ではなく、神の愛を求める人が集まる場所です。クリスチャンでなくても、聖書を読んだことがなくても、まったく問題ありません。口語訳から選んだこの20の言葉は、四つのテーマに分かれています。神の愛、歓迎と受け入れ、神からの招き、そして共に集う喜びです。教会の受付でお渡しするカードや、歓迎の手紙に、自由に使ってください。
神はあなたを愛しておられます
1. ヨハネによる福音書3章16節
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった、とヨハネによる福音書は記します。聖書全体の中心とも言われる言葉です。神の愛は、立派な人だけではなく、あなたを含むすべての人に向けられています。今日、初めて教会に来たあなたにも、その愛は変わらず注がれています。 ヨハネによる福音書3章を全部読む.
2. ローマ人への手紙5章8節
「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。」
まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神は愛を示された、とパウロは書きます。あなたが何かを達成してから愛されるのではなく、今のあなたのままで愛されています。礼拝で聞く話が難しくても、この一点だけを持ち帰っていただければ嬉しく思います。 ローマ人への手紙5章を全部読む.
3. ヨハネの第一の手紙4章19節
「わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。」
わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである、とヨハネは言います。愛は、神から始まります。教会の人々が優しいのは、自分が立派だからではなく、神に愛された経験を分かち合いたいからです。初めての方にも、同じ愛を伝えたいと願っています。 ヨハネの第一の手紙4章を全部読む.
4. 詩篇103篇8節
「主はあわれみに富み、めぐみふかく、怒ること遅く、いつくしみ豊かでいらせられる。」
主はあわれみに富み、めぐみふかく、怒ること遅く、いつくしみ豊かでいらせられる、と詩篇は歌います。神は、あなたを責めるために待っておられる方ではありません。過去の失敗や、教会に長く来なかったことを気にしなくて大丈夫です。あわれみ深い神の前に、そのままで来てください。 詩篇103篇を全部読む.
5. エレミヤ書31章3節
「主は遠くから彼に現れた。わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している。それゆえ、わたしは絶えずあなたに 真実をつくしてきた。」
わたしは限りなき愛をもってあなたを愛している、と神は言われます。神の愛には、始まりも終わりもありません。あなたが神を知る前から、神はあなたを知っておられました。教会の扉を開けたその一歩にも、神の導きがあったかもしれません。この愛を受け取ってください。 エレミヤ書31章を全部読む.
あなたは歓迎されています
6. ローマ人への手紙15章7節
「こういうわけで、キリストもわたしたちを受けいれて下さったように、あなたがたも互に受けいれて、神の栄光をあらわすべきである。」
キリストもわたしたちを受けいれて下さったように、あなたがたも互に受けいれなさい、とパウロは勧めます。教会は、互いを受け入れることを大切にしています。あなたの服装や年齢、経歴、信仰の有無にかかわらず、ここでは歓迎されています。気兼ねなく、お座りください。 ローマ人への手紙15章を全部読む.
7. エペソ人への手紙2章19節
「そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである。」
あなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、神の家族である、とパウロは語ります。初めて教会に来たときは、よそ者のように感じるかもしれません。しかし聖書は、キリストにあってすべての人が神の家族になれると語ります。今日は、その家族の食卓に、あなたを招いている日です。 エペソ人への手紙2章を全部読む.
8. ヨハネによる福音書6章37節
「父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしに来る者を決して拒みはしない。」
わたしに来る者を決して拒みはしない、とイエスは言われました。これは、イエスご自身が語られた約束です。あなたが誰であっても、どんな過去があっても、イエスは拒まれません。まだ信じられなくても、疑問があっても、どうぞ遠慮なく教会に足を運び続けてください。 ヨハネによる福音書6章を全部読む.
9. ルカによる福音書15章20節
「そこで立って、父のところへ出かけた。まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。」
まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した、と聖書は語ります。放蕩息子のたとえ話の一場面です。神は、あなたが遠くにいても、見つけて走り寄ってくださる方です。教会に足を運んだあなたを、神は喜んで迎えておられます。 ルカによる福音書15章を全部読む.
10. 詩篇36篇7節
「神よ、あなたのいつくしみはいかに尊いことでしょう。人の子らはあなたの翼のかげに避け所を得、」
神よ、あなたのいつくしみはいかに尊いことでしょう、人の子らはあなたの翼のかげに避け所を得、と詩人は歌います。疲れたとき、迷ったとき、安心できる場所は多くありません。教会は、神の翼のかげで休むための場所でもあります。日曜日の礼拝の時間が、あなたにとって静かな避け所になりますように。 詩篇36篇を全部読む.
神からの招き
11. ヨハネの黙示録3章20節
「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。」
見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている、だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、彼と食を共にするであろう、とイエスは語ります。イエスは、無理に入ってこられる方ではなく、あなたが開けるのを待っておられる方です。心の扉を開けるかどうかは、あなたのペースで決めて大丈夫です。 ヨハネの黙示録3章を全部読む.
12. マタイによる福音書11章28節
「すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。」
すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい、あなたがたを休ませてあげよう、とイエスは招かれます。仕事や人間関係、将来への不安など、誰もが重荷を抱えています。教会に来たあなたの荷も、イエスは知っておられます。礼拝の中で、少しだけ荷を下ろして休んでください。 マタイによる福音書11章を全部読む.
13. イザヤ書55章6節
「あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ。近くおられるうちに呼び求めよ。」
あなたがたは主にお会いすることのできるうちに、主を尋ねよ、近くおられるうちに呼び求めよ、と預言者は言います。神を求めることに、遅すぎることはありません。神は、あなたが探すとき、すでに近くにおられます。わからないことは、牧師や教会の人に、遠慮なく尋ねてください。 イザヤ書55章を全部読む.
14. ヨハネによる福音書1章12節
「しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。」
彼を受けいれた者には、神の子となる力が与えられた、とヨハネは書きます。神の子となるのは、立派な行いの結果ではなく、イエスを受け入れるという、シンプルな信頼によります。今日すぐに決める必要はありません。ゆっくり聖書を読み、礼拝に通いながら、答えを見つけていってください。 ヨハネによる福音書1章を全部読む.
15. 詩篇34篇8節
「主の恵みふかきことを味わい知れ、主に寄り頼む人はさいわいである。」
主の恵みふかきことを味わい知れ、主に寄り頼む人はさいわいである、と詩篇は呼びかけます。味わうとは、実際に体験してみることです。礼拝の賛美、祈り、聖書の話を、一度味わってみてください。頭で理解するよりも、体験を通して、神の恵みを知っていく人も多くいます。 詩篇34篇を全部読む.
共に集まる喜び
16. 詩篇84篇10節
「あなたの大庭にいる一日は、よそにいる千日にもまさるのです。わたしは悪の天幕にいるよりは、むしろ、わが神の家の門守となることを願います。」
あなたの大庭にいる一日は、よそにいる千日にもまさるのです、と詩人は告白します。神の家で過ごす時間は、日常の忙しさの中で、貴重な安らぎになります。初めて来た日の印象が、いつか心に残る思い出になりますように。次の日曜日も、またお待ちしております。 詩篇84篇を全部読む.
17. 詩篇100篇4節
「感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、そのみ名をほめまつれ。」
感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ、と詩篇は言います。礼拝は、神に感謝し、賛美するために集まる時間です。歌詞を見ながら歌えない曲があっても、聞いているだけで構いません。座って、静かに耳を傾けるだけでも、立派な礼拝の参加です。 詩篇100篇を全部読む.
18. 詩篇133篇1節
「見よ、兄弟が和合して共におるのは いかに麗しく楽しいことであろう。」
見よ、兄弟が和合して共におるのは、いかに麗しく楽しいことであろう、と詩篇は歌います。教会は、年齢も背景も違う人が集まる不思議な場所です。礼拝のあとのお茶や会話の時間に、気軽に声をかけてください。新しい出会いが、あなたの毎日に新しい色を添えるかもしれません。 詩篇133篇を全部読む.
19. 使徒行伝2章46-47節
「そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、 神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。」
初代教会の人々は、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、神をさんびした、とあります。教会は、礼拝だけでなく、食事や会話を通して、互いに支え合う共同体です。あなたも、その交わりの一員として、いつでも歓迎されています。 使徒行伝2章を全部読む.
20. 詩篇95篇1節
「さあ、われらは主にむかって歌い、われらの救の岩にむかって喜ばしい声をあげよう。」
さあ、われらは主にむかって歌い、われらの救の岩にむかって喜ばしい声をあげよう、と詩人は呼びかけます。賛美の時間は、教会の礼拝の大きな楽しみの一つです。上手に歌えなくても、気にしないでください。心を込めて口ずさむだけで、神は喜んでくださいます。また、お越しください。 詩篇95篇を全部読む.
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よくある質問
初めて教会に行くとき、どんな服装で行けばよいですか。
ほとんどの教会では、普段着で問題ありません。スーツやドレスで来る方もいれば、カジュアルな服装の方もいます。迷ったときは、清潔感のある普段の服装で大丈夫です。事前に教会のホームページで雰囲気を確認するのもよい方法です。
教会では、献金を求められたり、入会を勧められたりしますか。
初めての方に献金を求めることはありません。献金は、信徒が自発的にささげるものです。入会を急かすこともありません。まずは礼拝に何度か出席し、聖書の話を聞いてから、ゆっくり考えてください。不安があれば、受付で遠慮なくお尋ねください。
クリスチャンでなくても、礼拝に参加できますか。
できます。多くの教会が、信仰の有無にかかわらず、すべての方を礼拝に歓迎しています。聖書を読んだことがなくても、賛美歌を知らなくても問題ありません。座って静かに聞いているだけでも、十分な参加です。