聖書 — 口語訳 (1955)
使徒行伝 2
概要
使徒の働き2章は、ペンテコステの出来事を語ります。過越から五十日後、エルサレムに集まっていた弟子たちに聖霊が注がれました。彼らは他の国々のことばで語り始め、多くの国から来た巡礼者たちが、自分の生まれた国のことばでそれを聞きます。ペテロは立ち上がり、ヨエルの預言によってこの出来事を説明し、イエスが主であり、キリストであると告げます。およそ三千人が加わり、章の後半は最初の共同体の姿を描きます。教え、交わり、パンを裂くこと、祈りです。
この章の5つの区分
1五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、
2突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
3また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。
4すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。
5さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、
6この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。
7そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人ではないか。
8それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。
9わたしたちの中には、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、
10フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅にきている者、
11ユダヤ人と改宗者、クレテ人とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。
12みんなの者は驚き惑って、互に言い合った、「これは、いったい、どういうわけなのだろう」。
13しかし、ほかの人たちはあざ笑って、「あの人たちは新しい酒で酔っているのだ」と言った。
14そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。
15今は朝の九時であるから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではない。
16そうではなく、これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである。すなわち、
17『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。
18その時には、わたしの男女の僕たちにも わたしの霊を注ごう。そして彼らも預言をするであろう。
19また、上では、天に奇跡を見せ、下では、地にしるしを、すなわち、血と火と立ちこめる煙とを、見せるであろう。
20主の大いなる輝かしい日が来る前に、日はやみに 月は血に変るであろう。
21そのとき、主の名を呼び求める者は、みな救われるであろう』。
22イスラエルの人たちよ、今わたしの語ることを聞きなさい。あなたがたがよく知っているとおり、ナザレ人イエスは、神が彼をとおして、あなたがたの中で行われた数々の力あるわざと奇跡としるしとにより、神からつかわされた者であることを、あなたがたに示されたかたであった。
23このイエスが渡されたのは神の定めた計画と予知とによるのであるが、あなたがたは彼を不法の人々の手で十字架につけて殺した。
24神はこのイエスを死の苦しみから解き放って、よみがえらせたのである。イエスが死に支配されているはずはなかったからである。
25ダビデはイエスについてこう言っている、『わたしは常に目の前に主を見た。主は、わたしが動かされないため、わたしの右にいて下さるからである。
26それゆえ、わたしの心は楽しみ、わたしの舌はよろこび歌った。わたしの肉体もまた、望みに生きるであろう。
27あなたは、わたしの魂を黄泉に捨ておくことをせず、あなたの聖者が朽ち果てるのを、お許しにならないであろう。
28あなたは、いのちの道をわたしに示し、み前にあって、わたしを喜びで満たして下さるであろう』。
29兄弟たちよ、族長ダビデについては、わたしはあなたがたにむかって大胆に言うことができる。彼は死んで葬られ、現にその墓が今日に至るまで、わたしたちの間に残っている。
30彼は預言者であって、『その子孫のひとりを王位につかせよう』と、神が堅く彼に誓われたことを認めていたので、
31キリストの復活をあらかじめ知って、『彼は黄泉に捨ておかれることがなく、またその肉体が朽ち果てることもない』と語ったのである。
32このイエスを、神はよみがえらせた。そして、わたしたちは皆その証人なのである。
33それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。
34ダビデが天に上ったのではない。彼自身こう言っている、『主はわが主に仰せになった、
35あなたの敵をあなたの足台にするまでは、わたしの右に座していなさい』。
36だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。
37人々はこれを聞いて、強く心を刺され、ペテロやほかの使徒たちに、「兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言った。
38すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。
39この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。
40ペテロは、ほかになお多くの言葉であかしをなし、人々に「この曲った時代から救われよ」と言って勧めた。
41そこで、彼の勧めの言葉を受けいれた者たちは、バプテスマを受けたが、その日、仲間に加わったものが三千人ほどあった。
42そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
43みんなの者におそれの念が生じ、多くの奇跡としるしとが、使徒たちによって、次々に行われた。
44信者たちはみな一緒にいて、いっさいの物を共有にし、
45資産や持ち物を売っては、必要に応じてみんなの者に分け与えた。
46そして日々心を一つにして、絶えず宮もうでをなし、家ではパンをさき、よろこびと、まごころとをもって、食事を共にし、
47神をさんびし、すべての人に好意を持たれていた。そして主は、救われる者を日々仲間に加えて下さったのである。
鍵となる聖句
すると、一同は聖霊に満たされ、御霊が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。
弟子たちは聖霊に満たされ、他のことばで語り始めます。聖書は、語ることばを与えたのは御霊であると強調しています。キリスト教の諸伝統は、この出来事とその後の展開を、それぞれの仕方で理解しています。
『神がこう仰せになる。終りの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう。
ペテロは預言者ヨエルを引き、神がすべての人に御霊を注がれると語ります。年齢や立場にかかわらず、その約束は広く、一部の人に限られません。
すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。
群衆の問いに、ペテロはイエス・キリストの名による悔い改めとバプテスマを呼びかけ、罪の赦しと聖霊の賜物を約束します。
そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
最初の教会は、四つのことを一つにしていました。使徒たちの教え、交わり、パンを裂くこと、祈りです。この節は、共同体の生活の手本としてよく用いられます。
この章に登場する人物
このテーマで祈る
説教が語っていること
使徒行伝2章についてよくある質問
使徒2章のペンテコステでは何が起こりますか
過越から五十日後、エルサレムに集まっていた弟子たちに聖霊が注がれます。彼らは他のことばで語り、多くの国から来たユダヤ人が自分たちのことばでそれを聞きます。ペテロはそれが神の約束の成就であると説明し、イエスを告げ知らせます。その日、およそ三千人が弟子たちに加わりました。
使徒2章で、異言で語るとはどういう意味ですか
この章では、弟子たちは実際に外国人に理解されることばで語り、外国人は自分たちのことばで神の大きなわざを聞きます。この賜物が今日どのような位置にあるかについては、キリスト者の意見は一致していません。使徒たちとともに終わったと考える人もいれば、教会のために今も続くと考える人もいます。この出来事の働き手が御霊であることは、すべての人が認めています。
悔い改めなさい、そしてバプテスマを受けなさいとは、どういう意味ですか
38節でペテロは、心を打たれた群衆に、向きを変えて神に立ち返り、罪の赦しのためにイエス・キリストの名によってバプテスマを受けるよう告げます。そして聖霊の賜物を約束します。バプテスマ、信仰、御霊を受けることの関係についての理解は伝統によって異なりますが、いずれもイエスに応答する招きだと見ています。
使徒2章によると、最初の教会はどのように生活していましたか
この章は、使徒たちの教え、交わり、共にとる食事、祈りに堅く立つ信者たちを描いています。彼らは必要に応じて持ち物を共有し、宮や家々に集まり、喜びをもって神をほめたたえます。主は毎日、救われる人々を彼らの共同体に加えてくださいました。
使徒行伝 2を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。