聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 100

概要

詩篇100篇は短い賛美の詩篇で、「感謝の詩」という表題がつけられています。全地に向かって、主に喜ばしき声をあげ、喜びをもって主に仕え、歌いつつみ前に来るよう呼びかけています。その理由も語られています。主こそ神であり、われらを造られたのは主であって、われらは主のものであること。主は恵みふかく、そのまことはよろず代に及ぶこと。礼拝の初めによく読まれるこの詩篇は、賛美が神がどなたかを認めることから始まると教えてくれます。

この章の3つの区分

  1. 1-2節主に喜ばしき声をあげ、喜びをもって仕える
  2. 3節神がどなたで、私たちが何者かを知る
  3. 4-5節その門に入る:神の恵みとまこと

1全地よ、主にむかって喜ばしき声をあげよ。

2喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。

3主こそ神であることを知れ。われらを造られたものは主であって、わ れらは主のものである。われらはその民、その牧の羊である。

4感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、そのみ名をほめまつれ。

5主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。

鍵となる聖句

2節
喜びをもって主に仕えよ。歌いつつ、そのみ前にきたれ。

神に仕え、み前に出ることは、重い義務としてではなく、喜びと歌をもって行うものです。この詩篇は、賛美と奉仕を結びつけています。

3節
主こそ神であることを知れ。われらを造られたものは主であって、わ れらは主のものである。われらはその民、その牧の羊である。

この節は、私たちのアイデンティティについての真理を思い出させます。主こそ神であり、われらを造られた方であり、われらは主の民、その牧の羊です。賛美は、この関係から生まれます。

4節
感謝しつつ、その門に入り、ほめたたえつつ、その大庭に入れ。主に感謝し、そのみ名をほめまつれ。

感謝しつつ主の門に入り、ほめたたえつつその大庭に入ります。感謝は、神に近づくための一つの方法です。

5節
主は恵みふかく、そのいつくしみはかぎりなく、そのまことはよろず代に及ぶからである。

詩篇は神のご性質で結ばれます。主は恵みふかく、いつくしみはかぎりなく、まことはよろず代に及びます。この節は、疑いが心をよぎる時期にも、確かな支えとなります。

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説教が語っていること

詩篇100篇についてよくある質問

詩篇100篇はどんな意味ですか

詩篇100篇は、神への喜びと感謝への呼びかけです。全地に、喜びをもって主に仕え、主こそ神であり、われらを造られた方であると認め、感謝しつつ主の門に入るよう招いています。最後は、神の恵みと、世々に及ぶそのまことで結ばれています。

「その牧の羊」とはどういう意味ですか

3節のこの言い方は、神の民を、羊飼いが養い守る羊の群れにたとえています。私たちは神のものであり、自分自身ではなく神に頼って生きていることを示しています。この主題は、主が羊飼いである詩篇23篇など、他の聖書の箇所にもつながっています。

詩篇100篇でどのように祈ればよいですか

祈りの時間の初め、願いごとを申し上げる前に、声に出して読んでみてください。具体的に三つのことを神に感謝し、そのあと5節をもう一度唱えます。多くの家庭や教会が、集まりの始まりにこの詩篇を歌ったり読んだりしています。

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