聖書 — 口語訳 (1955)

マタイによる福音書 24

概要

マタイによる福音書24章は、オリブ山でのイエスの大きな説教を開きます。イエスは宮の崩壊を告げ、再臨についての問いに、いくつもの警告で答えられます。惑わし、戦争、迫害、にせ預言者、冷えていく愛です。そして大きな患難を告げ、いなずまのように見える再臨を語りますが、その日はだれも知りません。この章は、目をさましていること、忠実なしもべであることを求めます。出来事の時期の読み方はクリスチャンの間で違いますが、目をさましていることでは一致しています。

この章の5つの区分

  1. 1-14節弟子たちの問いと産みの苦しみの始まり
  2. 15-28節大きな患難とにせキリスト
  3. 29-35節人の子の再臨といちじくの木の教え
  4. 36-44節その日はだれも知らない:目をさましていなさい
  5. 45-51節忠実なしもべと悪いしもべ

1イエスが宮から出て行こうとしておられると、弟子たちは近寄ってきて、宮の建物にイエスの注意を促した。

2そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたは、これらすべてのものを見ないか。よく言っておく。その石一つでもくずされずに、そこに他の石の上に残ることもなくなるであろう」。

3またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。

4そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。

5多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。

6また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。

7民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。

8しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。

9そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。

10そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。

11また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。

12また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。

13しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

14そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。

15預言者ダニエルによって言われた荒らす憎むべき者が、聖なる場所に立つのを見たならば(読者よ、悟れ)、

16そのとき、ユダヤにいる人々は山へ逃げよ。

17屋上にいる者は、家からものを取り出そうとして下におりるな。

18畑にいる者は、上着を取りにあとへもどるな。

19その日には、身重の女と乳飲み子をもつ女とは、不幸である。

20あなたがたの逃げるのが、冬または安息日にならないように祈れ。

21その時には、世の初めから現在に至るまで、かつてなく今後もないような大きな患難が起るからである。

22もしその期間が縮められないなら、救われる者はひとりもないであろう。しかし、選民のためには、その期間が縮められるであろう。

23そのとき、だれかがあなたがたに『見よ、ここにキリストがいる』、また、『あそこにいる』と言っても、それを信じるな。

24にせキリストたちや、にせ預言者たちが起って、大いなるしるしと奇跡とを行い、できれば、選民をも惑わそうとするであろう。

25見よ、あなたがたに前もって言っておく。

26だから、人々が『見よ、彼は荒野にいる』と言っても、出て行くな。また『見よ、へやの中にいる』と言っても、信じるな。

27ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。

28死体のあるところには、はげたかが集まるものである。

29しかし、その時に起る患難の後、たちまち日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。

30そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。

31また、彼は大いなるラッパの音と共に御使たちをつかわして、天のはてからはてに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。

32いちじくの木からこの譬を学びなさい。その枝が柔らかになり、葉が出るようになると、夏の近いことがわかる。

33そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。

34よく聞いておきなさい。これらの事が、ことごとく起るまでは、この時代は滅びることがない。

35天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。

36その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。

37人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう。

38すなわち、洪水の出る前、ノアが箱舟にはいる日まで、人々は食い、飲み、めとり、とつぎなどしていた。

39そして洪水が襲ってきて、いっさいのものをさらって行くまで、彼らは気がつかなかった。人の子の現れるのも、そのようであろう。

40そのとき、ふたりの者が畑にいると、ひとりは取り去られ、ひとりは取り残されるであろう。

41ふたりの女がうすをひいていると、ひとりは取り去られ、ひとりは残されるであろう。

42だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。

43このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。

44だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。

45主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、だれであろう。

46主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。

47よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。

48もしそれが悪い僕であって、自分の主人は帰りがおそいと心の中で思い、

49その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、

50その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、

51彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

鍵となる聖句

4-5節
そこでイエスは答えて言われた、「人に惑わされないように気をつけなさい。 多くの者がわたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう。

イエスの最初の答えは、日付ではなく警告です。人に惑わされないように気をつけなさい。最大の危険は、災害そのものよりも先に、惑わしです。

12-13節
また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

イエスは、多くの人の愛が冷えると告げ、最後まで耐え忍ぶ者は救われると約束されます。忍耐が、この疲れへの答えとして示されています。

27節
ちょうど、いなずまが東から西にひらめき渡るように、人の子も現れるであろう。

人の子の再臨は、天を横切るいなずまのように、すべての人に見えるものです。隠されたことは何もないので、荒野や奥の間にキリストがいると告げる人々を退けることができます。

36節
その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。

その日、その時は、ただ父だけが知っておられます。この節は日付の計算を静め、目をさましていることへと焦点を戻します。ただし、出来事の順序については、キリスト教の伝統によって結論は同じではありません。

42-44節
だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。 だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。

この章の実践的な中心です。目をさましていなさい、用意をしていなさい。いつ盗人が来るかを知らない家の主人の姿は、再臨が近いかもしれないという思いで、毎日を生きるよう促しています。

説教が語っていること

眠らずにキリストの再臨を待ち望むステファヌ・ギエは、待降節第一主日のために、マタイ24章36節から44節を黙想します。キリストは、恐れさせるためではなく、私たちの日々の暮らし方を目覚めさせるために、知らない時刻に来られるのだと示します。要約を読む →携挙のあと:患難、ハルマゲドン、そして千年王国ジャン=クロード・ヴィラ牧師は、自分の解釈による終わりの日程をたどります。ダニエルの七年、患難、ハルマゲドン、主の再臨、そして千年期です。その一貫した主題は三つのことばに尽きます。用意をしていなさい。要約を読む →子羊、花婿、王:イエス様の三つの来臨ステファヌ・ブルゴスは、小羊として来られたイエスが、花婿として再び来て教会を携え上げ、さらに王として来られると語ります。マタイ24章22節と27節を引き、その日々は短くされ、再臨はいなずまのように見えると述べます。要約を読む →神様から離れたくなる誘惑:最後まで踏みとどまるためにこのメッセージは、24章13節を引いて、目をさましていることと忍耐を呼びかけます。誘惑する者の働き、信者がついには手放してしまうもの、そしてその理由を調べます。要約を読む →アガペの愛:教会に再び火を灯す火花24章12節から、この説教は、悪が広がるとき、愛は冷えることがあると思い起こさせます。同じ過ちを繰り返す兄弟に忍耐するアガペーの愛へと招いています。要約を読む →忠実な管理者として生きる(1)このメッセージは、タラントのたとえを、十字架の前の数日間、オリブ山に置きます。24章42節から44節を引き、イエスは再び来られ、だれもその時を知らず、それは忠実な管理人としての生き方を求めると語ります。要約を読む →

マタイによる福音書24章についてよくある質問

マタイによる福音書24章は終わりの時について何と言っていますか

イエスは弟子たちの問いに、戦争、ききん、迫害、にせ預言者、大きな患難を語り、さらに、いなずまのように見える再臨を語られます。何よりも強調されるのは目をさましていることです。その日も、その時も、だれも知りません。クリスチャンは出来事の正確な順序については意見が分かれますが、用意をしているようにとの呼びかけでは一致しています。

マタイによる福音書24章36節の、その日、その時はだれも知らない、とはどういう意味ですか

イエスは、御使いたちも子も知らず、ただ父だけがその時を知っておられると言われます。本文は日付の計算を断ち切り、目をさまし、用意をし、日常の中で忠実であるという生き方へと注意を向けさせます。

マタイによる福音書24章12節の、多くの人の愛が冷える、とはどういう意味ですか

イエスは、不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えると警告されます。それは避けられない運命ではありません。次の節は、最後まで耐え忍ぶ者は救われると約束しています。多くの人は、教会の中で愛を保ち続けるようにとの呼びかけをここに見ます。

マタイによる福音書24章40節の、一人は取られ、一人は残される、とはどういう意味ですか

イエスは、畑と臼という二つの日常の場面で、そばにいて暮らしている人々を、ご自分の再臨が不意に襲うことを示されます。この箇所の理解はクリスチャンの間で同じではなく、教会の携挙と見る人も、さばきと見る人もいますが、みな用意をしているようにとの呼びかけを読み取っています。

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