聖書 — 口語訳 (1955)
ピリピ人への手紙 3
概要
ピリピ人への手紙3章で、パウロは肉に頼る人々に警告します。律法の面で非のうちどころのない自分の経歴を挙げ、それをキリスト・イエスを知ることのゆえに損失と見なします。もはや自分の義ではなく、信仰による神の義を求めています。すでに目標に達したわけではなく、後ろのものを忘れ、前のものに向かって走っていると言います。この章は、私たちの国籍は天にあり、そこから救い主を待ち望んでいることを思い起こさせます。
この章の5つの区分
1最後に、わたしの兄弟たちよ。主にあって喜びなさい。さきに書いたのと同じことをここで繰り返すが、それは、わたしには煩わしいことではなく、あなたがたには安全なことになる。
2あの犬どもを警戒しなさい。悪い働き人たちを警戒しなさい。肉に割礼の傷をつけている人たちを警戒しなさい。
3神の霊によって礼拝をし、キリスト・イエスを誇とし、肉を頼みとしないわたしたちこそ、割礼の者である。
4もとより、肉の頼みなら、わたしにも無くはない。もし、だれかほかの人が肉を頼みとしていると言うなら、わたしはそれをもっと頼みとしている。
5わたしは八日目に割礼を受けた者、イスラエルの民族に属する者、ベニヤミン族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法の上ではパリサイ人、
6熱心の点では教会の迫害者、律法の義については落ち度のない者である。
7しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。
8わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、
9律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。
10すなわち、キリストとその復活の力とを知り、その苦難にあずかって、その死のさまとひとしくなり、
11なんとかして死人のうちからの復活に達したいのである。
12わたしがすでにそれを得たとか、すでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕えようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕えられているからである。
13兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、
14目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。
15だから、わたしたちの中で全き人たちは、そのように考えるべきである。しかし、あなたがたが違った考えを持っているなら、神はそのことも示して下さるであろう。
16ただ、わたしたちは、達し得たところに従って進むべきである。
17兄弟たちよ。どうか、わたしにならう者となってほしい。また、あなたがたの模範にされているわたしたちにならって歩く人たちに、目をとめなさい。
18わたしがそう言うのは、キリストの十字架に敵対して歩いている者が多いからである。わたしは、彼らのことをしばしばあなたがたに話したが、今また涙を流して語る。
19彼らの最後は滅びである。彼らの神はその腹、彼らの栄光はその恥、彼らの思いは地上のことである。
20しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。
21彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。
鍵となる聖句
しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、
パウロは、評価を逆転させます。宗教的な得であったものが、キリストを知ることの前では損失になりました。自分の出自を軽んじているのではなく、イエスとの関係に並ぶものはないと認めているのです。
律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。
福音の核心が一節にあります。キリストにある者と認められること。それは自分の義によるのではなく、信仰によって神が与えてくださる義によるのです。
すなわち、キリストとその復活の力とを知り、その苦難にあずかって、その死のさまとひとしくなり、
パウロの願いは、キリストについて知識を得ることだけでなく、キリストご自身を知ることです。この知ることには、復活の力と、その苦しみにあずかることが含まれています。
兄弟たちよ。わたしはすでに捕えたとは思っていない。ただこの一事を努めている。すなわち、後のものを忘れ、前のものに向かってからだを伸ばしつつ、 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。
パウロは、自分がまだ到達していないと認めます。その力は前に向けられています。過去を後ろに置き、神がキリスト・イエスにあって召してくださった目標を追い求めるのです。
しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。 彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。
私たちの究極のアイデンティティは天にあります。キリストは再び来られ、私たちのからだを変えてくださいます。この望みが、今の歩みに方向を与えます。
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説教が語っていること
ピリピ人への手紙3章についてよくある質問
ピリピ人への手紙3章のメッセージは何ですか
パウロは、イエス・キリストを知ることに並ぶものはなく、救いは私たちの功績ではなく、信仰によって神が与えてくださる義にあると述べます。そして、過去に自分を定義させず、神が定められた目標を追い求め、キリストの再臨の望みをもって進むよう招いています。
ピリピ3章13節の、後ろのものを忘れるとはどういう意味ですか
パウロは、過去を否定するように言っているのではありません。進むために、過去の成功にも失敗にも寄りかからないということです。目は、神が前に備えておられるものに向けられます。赦された者にとって、過去はもう先のことを決める権利を持ちません。
パウロが語る、信仰による義とは何ですか
神の前に正しくある二つの方法を対比しています。律法を守ることで得ようとする義と、キリストを信じる者に神が無償で与えてくださる義です。律法の面で非のうちどころのなかったパウロは、この第二の義を受けるためにすべてを捨てたと述べています。
私たちの国籍は天にある、とはどういう意味ですか
パウロは、信じる者のアイデンティティと市民権は、この世界に限られないことを思い起こさせます。ローマの植民都市に住んでいたピリピの人々は、このたとえをよく理解できました。キリストの再臨と、約束された変貌の望みをもって、この地上を生きるようにとの招きです。
ピリピ人への手紙 3を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。