過去を後ろに置いて、前へ走り出そう

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はじめに

「過去を後ろに置いていく。」このメッセージのタイトルは、たった五文字の言葉の中に収まっていますが、実はそこにほとんどすべてが詰まっています。今週の説教は、あなたもよく知っている感覚から始まります。まるで十年前に下した決断が、今日あなたが下す決断よりも重くのしかかっているように感じることがあります。あなたの過去が、あなたの現在や未来よりも価値を持っているかのように。

しかし聖書はまったく逆のことを語ります。説教者はまず土台となる箇所、コリント人への第二の手紙 5:17を示します。「誰でもキリストにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去り、見なさい、すべてが新しくなりました。」続けてパウロの走りについて語るピリピ人への手紙 3:13-14も加えられます。「後ろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、目標を目指して走り、天からの召しという賞を得ようとしています。」

この説教が差し出しているのは、シンプルでありながら真剣に向き合うべきことです。十字架の血が本当にあなたの過去を消し去ってくださったと信じ、神様が今日備えておられる再建のために立ち上がることです。

記事の構成

  1. 心の中の戦い:なぜ過去がそんなに重く感じられるのか
  2. 新しく造られた者:コリント人への第二の手紙 5:17が本当に変えるもの
  3. パウロの走り:後ろのものを忘れる(ピリピ 3章)
  4. 再建の時:備えること、目標を持つこと
  5. マルコ 5章:ガダラの悪霊にとりつかれた人、完全に建て直された人生
  6. 新しいぶどう酒には新しい皮袋を(マタイ 9:17)
  7. 今日:ロープを手放し、信頼すること

1. 心の中の戦い:なぜ過去がそんなに重く感じられるのか

説教者はまず、あなたもよく知っていることを言葉にします。私たちは人生であまりに多くの過ちを重ねてきたので、十年前に下した決断のほうが、今日や明日あなたが下す決断よりも重いように感じてしまうのです。「誰がそんなことを言ったのですか。それは嘘ではないでしょうか。」彼はこう問い返すよう促します。主が十字架で死なれ、その血が流され、そしてよみがえられ、その血があなたの罪を消してくださったのに、なぜ過去や過ちや失敗にしがみつき続けるのでしょうか。

悪魔は、私たちの過去が現在や未来よりも価値があると信じ込ませようとします、と彼は語ります。しかし聖書はその逆を語っています。ここに越えるべき最初の境界線があります。神様が今日と明日のために備えておられることが、昨日あなたが逃してしまったことよりも、あなたの心の中で重みを持つようにすることです。

2. 新しく造られた者:コリント人への第二の手紙 5:17が本当に変えるもの

メッセージの核となる箇所です。「誰でもキリストにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去り、見なさい、すべてが新しくなりました。」これは美しい言葉ではなく、事実の宣言です。キリストにあって、あなたの立場は変わりました。古いものはただ脇に置かれるのではなく、過ぎ去ったのです。新しいものはすでに始まっています。

説教者はここでテニスの話に触れます。ロジャー・フェデラーを例に挙げ、選手の頭の中には、負けていたのに一瞬で勝ちに転じる人がいると語ります。「新しいポイントはすべて、新しい始まりなのです。」過去のポイントは終わり、スコアボードに刻まれ、もう戻ることはできません。あなたのクリスチャン生活も同じです。過去は刻まれていますが、神様が今日与えてくださる新しいポイントは、ゼロから始まります。あなたは前を向いてプレーするのです。

3. パウロの走り:後ろのものを忘れる(ピリピ 3章)

続いてピリピ人への手紙 3:13-14です。「兄弟たちよ、私自身はすでに捕らえたとは思っていません。ただ、一つのことをしています。後ろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、目標を目指して走り、キリスト・イエスにあって神が上へと召してくださる、その召しの賞を得ようとしているのです。」

説教者は注意を促します。この箇所を、パウロがまるで「御霊に満たされて」何の苦労もなく書いたかのように読んでしまいがちです、と。しかし語っているのが誰かを思い出してください。パウロはユダヤ人で、有名な教師ガマリエルのもとで学んだ人物です。彼はかつてクリスチャンたちを死に至るまで迫害していました。彼の変革は決して表面的なものではありませんでした。それまで学んできたすべてを「解体」し、そこからやり直すには時間が必要だったのです。それでも変えられた後、彼は福音を宣べ伝え、こう告白します。「私は後ろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばしています。」

説教者はここから、あなたの毎朝のためのシンプルな指針を引き出します。「毎日起きるとき、これを考えてください。今日と明日、自分が何をするか。後ろにあるものは、もう後ろにあるのです。」あなたの過去が、あなたの一日のスケジュールを書く必要はありません。

4. 再建の時:備えること、目標を持つこと

メッセージはひとつの言葉を強調します。再建です。主との親密な関係の再建、そしてあなたの人生のあらゆる領域の全般的な再建です。これはひとつの工事現場です。工事には備えが必要です。

「備えるということは、あらゆる可能性に備えるということです。」備えなければ、電車に乗り遅れてしまいます。目標、目的が必要です。主があなたに何を示してくださったでしょうか。あなたの内側から湧き上がってくるものは何でしょうか。荷物をまとめるのは、あなた自身です。

彼は祈祷会ですでに分かち合ったことのあるイメージを加えます。「クローゼットがいっぱいなら、新しい服を入れるために、まずクローゼットを空にしなければなりません。」再建は、時にその前段階として解体を必要とします。場所を占めているものを、忍耐強く取り除く作業です。それをしなければ、新しいものは入る場所がありません。

この再建は、単なる励ましの標語ではありません。それはひとつの確信に基づいています。主はあなたのために平安と祝福の計画を持っておられる、ということです。預言者イザヤやエゼキエルは、捕囚の最悪の時期において不可能に思えた再建を告げ、そしてそれは実現しました。

5. マルコ 5章:ガダラの悪霊にとりつかれた人、完全に建て直された人生

説教者はマルコの福音書 5:1-20を開きます。ガダラ人の地の、墓場に住む男の話です。文字通り人生を建て直された人です。彼は墓場に住み、自分自身を傷つけていました。イエス様が来られ、レギオンを追い出されると、その男は「服を着て、正気に返って」座っている姿で見出されます。彼は家族を取り戻し、人生の目的を取り戻しました。

説教者が心を打たれる点が二つあります。まず、これはイエス様のほうから誰かのもとへ行かれる、数少ない場面のひとつだということです。通常は、人々のほうがイエス様に近づいてきます。ここでは、イエス様が一人の男、一つの地域のために海を渡っていかれます。主の愛は、あなたがどこにいようとも、あなたを探しに来てくださるのです。この男を探しに来られたように。

次に、イエス様は彼に、自分の足もとにとどまるようには求められませんでした。「あなたの家に、あなたの家族のもとに帰り、主があなたにしてくださったこと、どれほどあわれんでくださったかを話しなさい。」(19節)再建は、身近な関係、家族の中から始まります。この男はデカポリス地方で伝道者となります。後にイエス様が再びその地を通られたとき、群衆が待ち構えていました。彼らはこの男の証しを聞いていたからです。

メッセージはまた、この章の前にマルコ4章、種蒔きのたとえ話や嵐を静められる場面があることにも触れます。章や節の区切りは後から加えられたものだと説教者は指摘します。時には、答えがもう少し先にあるので、読み続ける必要があるのです。あなたの物語も同じです。最初のつらい章で読むのをやめてはいけません。

6. 新しいぶどう酒には新しい皮袋を(マタイ 9:17)

説教はマタイの福音書 9:17で締めくくられます。「また、人は新しいぶどう酒を古い皮袋に入れたりはしません。そんなことをすれば、皮袋は張り裂け、ぶどう酒は流れ出て、皮袋も無駄になってしまいます。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れます。そうすれば両方とも保たれるのです。」

新しいぶどう酒とは御霊のことであり、新しい皮袋とは、新しく造り変えられたあなた自身のことです。この時代に神様が注いでくださるものを受け取りたいのなら、あなたの人生は新しく造り変えられなければなりません。それは、あなたを造られた偉大な建築家ご自身が導いてくださる再建です。

7. 今日:ロープを手放し、信頼すること

説教者は、あるクリスチャンの登山家の話を語ります。彼は嵐の真っ只中で下山しなければなりませんでした。ロープが彼を支えていましたが、地面も岩壁も見えませんでした。彼はロープを手放さなければなりませんでした。そうして初めて、実はすぐ足もとにあった地面に触れることができたのです。手放さなければ、再建は始まりません。もしかしたら今日、あなたが手放せずにいるのは、向こう側であなたを支えてくださっている方を、もう信頼していないからかもしれません。

彼はもうひとつの箇所も思い起こさせます。「見なさい。わたしは戸の外に立ってたたいている。誰でもわたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って、彼と共に食事をし、彼もわたしと共に食事をするであろう。」(ヨハネの黙示録 3:20)二つの行動があります。聞くこと、そして開けることです。もし今日あなたがこのメッセージを聞いて、戸を開けるなら、主は入ってこられます。再建はそこから始まるのです。

心に留めておきたいポイント

  • あなたの過去は、あなたの現在よりも価値があるわけではありません。十字架の血はあなたの罪を消し去ります。今日の決断は、十年前の決断よりも重いのです。
  • 「新しく造られた者」はスローガンではありません。コリント人への第二の手紙 5:17は事実を宣言しています。キリストにあって、古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなったのです。
  • 後ろのものを忘れることは、日々の選択です。パウロは十四年にわたる解体を経てそれをなしました。あなたも、前のものに向かって身を伸ばすことができます。
  • 再建には備えが必要です。目標が必要です。時には、新しいものをしまう前に、クローゼットを空にする必要があります。
  • イエス様はあなたを探しに来られます。ガダラの悪霊にとりつかれた人のように、あなたの人生も完全に建て直され、他の人々への証しとなることができます。
  • 新しいぶどう酒には新しい皮袋が必要です。聖霊は、造り変えられることを拒む人生の中には注がれません。

あなた自身への適用

  1. あなたの過去のどの決断が、今日あなたが下す決断よりも、心の中でいまだに重くのしかかっていますか。それをそんなに重くしているものは何でしょうか。
  2. 新しいもののための場所を作るために、あなたの人生のどこで「クローゼットを空にする」必要がありますか(人間関係、習慣、心の中の言葉など)。
  3. この季節のために、神様があなたの目の前に置いてくださっている具体的な目標は何だと思いますか。あなたはすでに何を備え始めていますか。
  4. ガダラで救われた人のように、あなたのごく身近な誰かに、「主があなたにしてくださったこと」を素直に話すことができますか。
  5. あなたがまだ手放さずにいる「ロープ」はありますか。もし今日、キリストを信頼してそれを手放したら、何が起こるでしょうか。

引用された聖句

よくある質問

キリストのもとに来るとき、私の過去は本当にすべて消し去られるのでしょうか。

それはまさにコリント人への第二の手紙 5:17のメッセージそのものです。キリストにあって、「古いものは過ぎ去り、すべてが新しくなった」のです。過去の決断の実際的な結果は残ることもありますが、神様の前ではあなたの罪の宣告は取り除かれています。キリストの血があなたの罪を消し去ってくださいます。説教者は強調します。「あなたの過去はあなたの未来より重い」とささやく声は、御父の声ではない、と。

具体的に、どうすれば「後ろのものを忘れる」ことができますか。

説教者はシンプルな習慣を教えてくれます。毎朝起きるとき、今日と明日、自分が何をするかを考えてください。後ろにあるものは、もう後ろにあるのです。テニス選手のように、新しいポイントのひとつひとつを新しい始まりだと考えてください。これはあなたの歴史を否定することではなく、それにあなたのプレーを支配させないということです。

神様が私に望んでおられる「目標」が分からない場合は、どうすればいいですか。

すべてを理解する前に、まず備えることから始めてください。クローゼットを空にし、何を手放すべきかを聖霊に示していただきましょう。御言葉を開き、祈り、今いる場所で仕え、主がすでにあなたにしてくださったことを身近な人たちに話してください。ガダラの悪霊にとりつかれていた人は、自分の使命を自ら作り出す必要はありませんでした。家に帰り、話しただけです。あとは自然に道が開かれていきました。

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