聖書の人物 テアテラのイゼベル

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

テアテラのイゼベルは、黙示録の七つの教会への手紙のうち、テアテラの教会に宛てた手紙(2章18-29節)に出てくる女性です。自ら女預言者と称し、主の僕たちを教えて惑わし、不品行をさせ、偶像にささげたものを食べさせていました。旧約聖書のイゼベル王妃は何世紀も前に死んでおり、別人です。イエスは彼女に悔い改めるおりを与えましたが、彼女は悔い改めようとはしませんでした。偽りの教えへの警戒が呼びかけられています。

テアテラのイゼベルという名前の意味

イゼベルはフェニキア系の名で、その意味ははっきりしません。黙示録では、アハブ王の妻でイスラエルをバアル礼拝に引き込んだイゼベル王妃を思い起こさせます(列王記第一16章31節)。この女性の本名なのか象徴的な呼び名なのか、本文は述べていません。

テアテラのイゼベルの生涯

  1. 主に称賛された教会

    黙示録2章18-19節

    燃える炎のような目をもつ神の子が、テアテラの教会に語られます。主はそのわざ、愛と信仰と奉仕と忍耐を知っておられ、後のわざが初めのよりもまさっていることも認めます。したがって、続く叱責は、生きて活動している教会に向けられたものです。

  2. 女預言者と自称する女

    黙示録2章20節

    イエスは教会を責めます。女預言者と自称するイゼベルという女を、そのなすがままにさせているからです。彼女は主の僕たちを教え、惑わして、不品行をさせ、偶像にささげたものを食べさせていました。問題は彼女の行いだけでなく、それを許した教会の寛容さにもあります。

  3. 悔い改めのために与えられた時

    黙示録2章21-23節

    イエスは、この女に悔い改めるおりを与えたが、彼女は不品行をやめようとしないと言われます。彼女を病の床に投げ入れ、彼女と姦淫する者も悔い改めなければ大きな患難に投げ入れると告げます。主が人の心の奥底までも探り知る者であることを、すべての教会が悟るためです。

  4. 忠実な人々への言葉

    黙示録2章24-29節

    テアテラにいるほかの人たち、すなわち、あの女の教えを受けず、サタンの、いわゆる「深み」を知らない人々に、イエスは別の重荷を負わせないと言われます。ただ、自分が来る時まで持っているものを堅く保つように求め、勝利を得る者には諸国民を支配する権威と明けの明星を約束されます。

テアテラのイゼベルから学ぶこと

  • 教会は愛と熱心に満ちていても、誤りに対する間違った寛容を正さなければならないことがあります。
  • 預言者を自称するだけでは足りません。あらゆる教えは神の言葉に照らして吟味されなければなりません。
  • 神は悔い改めのための時を与えますが、その忍耐は罪を認めることではありません。
  • イエスは人の心の奥底までも探り知り、忠実に残る者を励まして、来られる日まで堅く保つよう呼びかけます。

鍵となる聖句

黙示録2章20節

イエスは、預言者を自称する女が僕たちを教えて不品行と偶像礼拝に導くのを許している、とテアテラの教会を責めます。

黙示録2章21節

「わたしは、この女に悔い改めるおりを与えたが」と主は言われます。重い罪の前でも、主はまず悔い改めの機会を差し出されます。

黙示録2章23節

イエスは、人の心の奥底までも探り知り、ひとりびとりのわざに応じて報いる方として自らを示されます。何ものもそのまなざしから逃れられません。

よくある質問

テアテラのイゼベルは、イゼベル王妃と同じ人ですか。

いいえ。アハブの妻イゼベル王妃は、預言者エリヤの時代、イエスより何世紀も前のイスラエルで生き、その最期は列王記第二9章に記されています。テアテラのイゼベルは一世紀のテアテラの教会にいた女性です。王妃と同じく神の民を偶像礼拝に導いたため、その名が重ねられています。

イエスはテアテラのイゼベルの何を責めておられますか。

彼女は女預言者と自称し、その権威を用いて主の僕たちを教え、惑わしていました。彼らを不品行と偶像にささげたものを食べることに導いたのです(黙示録2章20節)。イエスは悔い改めるおりを与えましたが、彼女は悔い改めようとしませんでした。

テアテラのイゼベルは聖書のどこに出てきますか。

七つの教会への手紙の一つ、テアテラの教会への手紙(黙示録2章18-29節)に出てきます。名前の由来を知るには、イゼベル王妃の物語を、列王記第一16章31節、21章、列王記第二9章で読むとよいでしょう。

ほかの聖書の人物

← すべての人物