このページは、心も体も限界に近い方、重い荷を負っている方、苦しい時期を通っている方のためのものです。神の前で強いふりをする必要はありません。ありのままで神のもとに行き、今日のための力と平安を求めることができます。神はいつも困難を取り去ってくださるわけではありませんが、その中を共に歩み、一日ずつ必要なものを与えると約束しておられます。
祈り
今日のための力
主よ、私は疲れています。今日一日をどう乗り越えたらよいのか分かりません。力は尽き、勇気もなくなりかけています。取り繕わずに、ありのままであなたのもとに来ます。あなたは弱った者に力を与え、勢いのない者に強さを増し加えてくださる方です。一年分の力を求めているのではありません。今日の分だけをお与えください。次の一歩を踏み出し、次の電話をかけ、次の仕事を終えられるよう助けてください。あきらめたくなったときには、あなたが共におられることを思い出させてください。私の体と心と思いを新しくしてください。自分だけに頼るのではなく、あなたのうちに休むことを教えてください。私が真実でないときにも、あなたが真実でいてくださることを感謝します。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。
イザヤ書40章29節
力と平安を求める祈り
天の父なる神様、思いが駆けめぐり、心が落ち着きません。たくさんの心配事が私をあちこちへ引っぱっています。家族のこと、仕事のこと、健康のこと、お金のこと、見えない将来のことを、一つずつあなたの前に置きます。自分ではどうにもできないことを、あなたにおゆだねします。目の前のことに向き合う力と、心の中を静める平安を与えてください。キリスト・イエスにあって、私の心と思いを守ってください。深く息をし、歩みをゆるめ、もう一度あなたに信頼できるよう助けてください。不安が戻ってきたときには、それに支配されるのではなく、祈りに変えることを教えてください。状況に左右されないあなたの臨在を、前もって感謝します。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。
ピリピ人への手紙4章6-7節
苦しい時に力を求める祈り
主よ、今、生きることがとてもつらいです。このような時期が来るとは思っていませんでした。押しつぶされそうに感じる日もあります。それでも私はまだ立っています。それはあなたのおかげだと知っています。四方から苦しめられても、行き詰まらないよう守ってください。途方に暮れても、絶望しないよう守ってください。孤独を感じるときには、あなたが私を見捨てておられないことを思い出させてください。心をかたくなにせずに歩み続ける力をください。支えてくれる人々を私のまわりに置き、助けを求める謙遜を与えてください。この試練がいつまで続くのか分かりませんが、その中であなたに信頼することを選びます。私をささえ、あなたの約束にしがみつけるよう助けてください。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。
コリント人への手紙第二4章8-9節
聖書の宣言
キリストが私の力です
« わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。 »
ピリピ人への手紙 4:13
私は自分の力だけに頼っているのではありません。キリストが、今日必要な力を一歩ずつ与えてくださると宣言します。
神が私をささえてくださる
« 恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。 »
イザヤ書 41:10
神が共におられるので、私は恐れる必要がありません。神は私を強くし、助け、御手をもってささえてくださると宣言します。
弱さの中に現れる神の力
« ところが、主は言われた、「わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる」。 »
コリント人への手紙第二 12:9
私の弱さで物語は終わりません。神の恵みは私に十分であり、私が弱いと感じるところで神の力が働いていると宣言します。
よくある質問
力を求めるときは、どのように祈ればよいですか。
飾らず、正直に祈れば十分です。どれほど疲れているか、落胆しているかを神に打ち明け、今日必要な力を求め、神の臨在を感謝します。イザヤ書40章29節は、神が弱った者に力を与える方だと語っています。完璧なことばは必要ありません。誠実な心があればよいのです。
苦しい時に力を与える聖書のことばはありますか。
多くのクリスチャンが、イザヤ書41章10節、ピリピ人への手紙4章13節、コリント人への手紙第二12章9節、詩篇46篇を心の支えにしています。これらのことばは試練のない人生を約束するものではありませんが、神が共におられ、私たちを強め、弱さの中でその恵みが十分であることを語っています。
弱さを感じるのは、信仰が足りないからですか。
いいえ。パウロもエリヤもダビデも、深い弱さを経験しました。イエスご自身も、ゲツセマネで悲しみのあまり死ぬほどであると言われました(マタイの福音書26章38節)。弱さを感じるのは人間として自然なことです。信仰は弱さを否定せず、それを神のもとに持って行きます。疲れが長く続くときは、医師や信頼できる人に相談することも賢明です。
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