聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 150

概要

詩篇150篇は詩篇の最後の章で、六節からなる賛美の大いなるフィナーレです。三つの問いに答えています。どこで神をほめたたえるのか(聖所と、力のあらわれる大空で)。なぜか(大能のはたらきと、すぐれて大いなることのゆえに)。どのようにか(ラッパ、立琴、鼓、踊り、緒琴、笛、シンバルをもって)。最後は、息のあるすべてのものが主をほめたたえるようにという、すべてへの呼びかけで終わります。詩篇の中の多くの叫びや問いは、ここで礼拝へと行き着きます。

この章の3つの区分

  1. 1-2節どこで、なぜ神をほめたたえるのか
  2. 3-5節どのようにほめたたえるのか:すべての楽器と踊り
  3. 6節息のあるすべてのものに、主をほめたたえさせよ

1主をほめたたえよ。その聖所で神をほめたたえよ。その力のあらわれる大空で主をほめたたえよ。

2その大能のはたらきのゆえに主をほめたたえよ。そのすぐれて大いなることのゆえに 主をほめたたえよ。

3ラッパの声をもって主をほめたたえよ。立琴と琴とをもって主をほめたたえよ。

4鼓と踊りとをもって主をほめたたえよ。緒琴と笛とをもって主をほめたたえよ。

5音の高いシンバルをもって主をほめたたえよ。鳴りひびくシンバルをもって主をほめたたえよ。

6息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。主をほめたたえよ。

鍵となる聖句

1節
主をほめたたえよ。その聖所で神をほめたたえよ。その力のあらわれる大空で主をほめたたえよ。

賛美は、聖所にいます神と、その力があらわれる大空に向けられています。礼拝の場と、被造物全体の両方に関わる賛美です。

2節
その大能のはたらきのゆえに主をほめたたえよ。そのすぐれて大いなることのゆえに 主をほめたたえよ。

詩篇は賛美の二つの理由を示します。神がなさること、つまり大能のはたらきと、神がどなたであるか、つまりそのすぐれて大いなることです。私たちは、神のわざのゆえにも、神ご自身のゆえにもほめたたえるのです。

3-5節
ラッパの声をもって主をほめたたえよ。立琴と琴とをもって主をほめたたえよ。 鼓と踊りとをもって主をほめたたえよ。緒琴と笛とをもって主をほめたたえよ。 音の高いシンバルをもって主をほめたたえよ。鳴りひびくシンバルをもって主をほめたたえよ。

ラッパ、立琴、琴、鼓、踊り、緒琴、笛、シンバル。あらゆる表現の手段が呼び集められています。本文は特定のスタイルを押しつけず、与えられた賜物を神のために用いるよう招いています。

6節
息のあるすべてのものに主をほめたたえさせよ。主をほめたたえよ。

詩篇の最後の節は、呼びかけを息のあるすべてのものに広げます。一つ一つの息が賛美の機会となり、賛美はあらゆる命の使命となります。

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説教が語っていること

詩篇150篇についてよくある質問

詩篇150篇はどんな意味ですか

詩篇150篇は、息のあるすべてのものに向けた、最後の賛美への呼びかけです。どこで神をほめたたえるのか、なぜか、どんな楽器でかを示しています。嘆きの中から生まれた祈りも、やがて礼拝に行き着くよう招かれていることを示して、詩篇を閉じています。

なぜ詩篇150篇は詩篇の最後なのですか

詩篇は、146篇から150篇までの五つの賛美の詩篇で終わり、全体の結びとなっています。150篇はその頂点で、すべての節で「主をほめたたえよ」という呼びかけを繰り返します。多くの人は、嘆きから賛美へと向かう詩篇全体の方向が、ここに表れていると見ています。

詩篇150篇でどのように祈ればよいですか

朝、声に出して読むか、音楽に合わせて読んでみてください。一節ごとに、今週神をほめたたえる具体的な理由を一つ思い浮かべます。楽器を弾いたり歌ったりする人は、その賜物を神にささげましょう。最後に静かな時間を取り、いただいた一息一息を神に感謝して終えます。

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