聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 97
概要
詩篇97篇は、主が王となられたと宣言し、全地に喜ぶよう呼びかけます。主の臨在は、雲、火、いなずまのイメージで描かれ、義と正がそのみくらの基だとされます。偶像は辱められ、もろもろの神は主の前にひれ伏します。主を愛する者は悪を憎むよう招かれ、主がその聖徒のいのちを守られること、そして主にあって喜ぶことが約束されています。
この章の3つの区分
1主は王となられた。地は楽しみ、海に沿った多くの国々は喜べ。
2雲と暗やみとはそのまわりにあり、義と正とはそのみくらの基である。
3火はそのみ前に行き、そのまわりのあだを焼きつくす。
4主のいなずまは世界を照し、地は見ておののく。
5もろもろの山は主のみ前に、全地の主のみ前に、ろうのように溶けた。
6もろもろの天はその義をあらわし、よろずの民はその栄光を見た。
7すべて刻んだ像を拝む者、むなしい偶像をもってみずから誇る者は はずかしめをうける。もろもろの神は主のみ前にひれ伏す。
8主よ、あなたのさばきのゆえに、シオンは聞いて喜び、ユダの娘たちは楽しむ。
9主よ、あなたは全地の上にいまして、いと高く、もろもろの神にまさって大いにあがめられます。
10主は悪を憎む者を愛し、その聖徒のいのちを守り、これを悪しき者の手から助け出される。
11光は正しい人のために現れ、喜びは心の正しい者のためにあらわれる。
12正しき人よ、主によって喜べ、その聖なるみ名に感謝せよ。
鍵となる聖句
詩篇97篇についてよくある質問
詩篇97篇はどんな意味ですか
詩篇97篇は、神の統治をたたえます。火やいなずまのイメージで主の臨在の威光を描き、義がそのみくらの基であること、偶像が倒れることを告げます。主を愛する者には、悪を憎み、主の光を喜ぶよう招いています。
主は王となられたとは、どういう意味ですか
この表現は、神が一つの民だけでなく全地の王であることを宣言しています。いくつかの賛美の詩篇にもくり返されます。起こることがすべて良いという意味ではなく、神が最終的な権威を持ち、義をもってさばかれるという意味です。
詩篇97篇はどのように祈り、黙想すればよいですか
1節から始め、状況がそう見えなくても、神は王であると声に出して宣言しましょう。次に10節を味わい、あなたがもう見過ごしてはならない悪はないかを問います。最後に12節で、神の聖さをたたえて結びます。
詩篇 97を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。