聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 131

概要

詩篇131篇は聖書の中で最も短い詩篇の一つで、わずか三節です。ダビデの作とされる都もうでの歌で、エルサレムに上る巡礼者たちが歌いました。ダビデは高ぶりと、自分には大きすぎる野心を手放します。彼が描く平安は具体的で、母のそばで静かにしている乳離れした子の姿です。詩篇は、イスラエルすべてへの招きで結ばれます。今からとこしえに、主に望みをいだきなさいと。へりくだりと安息の祈りです。

この章の3つの区分

  1. 1節おごらない心
  2. 2節乳離れしたみどりごのように静まる魂
  3. 3節主に望みをいだく招き

1主よ、わが心はおごらず、わが目は高ぶらず、わたしはわが力の及ばない大いなる事と くすしきわざとに関係いたしません。

2かえって、乳離れしたみどりごが、その母のふところに安らかにあるように、わたしはわが魂を静め、かつ安らかにしました。わが魂は乳離れしたみどりごのように、安らかです。

3イスラエルよ、今からとこしえに 主によって望みをいだけ。

鍵となる聖句

1節
主よ、わが心はおごらず、わが目は高ぶらず、わたしはわが力の及ばない大いなる事と くすしきわざとに関係いたしません。

ダビデは高ぶりと、分を越えた野心を手放します。自分の限界を受け入れることが、平安の始まりです。

2節
かえって、乳離れしたみどりごが、その母のふところに安らかにあるように、わたしはわが魂を静め、かつ安らかにしました。わが魂は乳離れしたみどりごのように、安らかです。

乳離れしたみどりごは、何かを得ようと泣くことはなく、ただ母のそばにいます。このイメージは、すべてを支配しようとしない信頼を表しています。

3節
イスラエルよ、今からとこしえに 主によって望みをいだけ。

自分が見いだしたものを、ダビデは民全体に差し出します。今からとこしえに、主に望みをいだくことです。

説教が語っていること

詩篇131篇についてよくある質問

詩篇131篇はどういう意味ですか

詩篇131篇は、平安をもたらすへりくだりを描いています。ダビデは、自分には大きすぎることを求めず、魂は母のそばの乳離れしたみどりごのように静かだと語ります。そして、イスラエルに、主に望みをいだくよう招いています。

「乳離れしたみどりご」とはどういう意味ですか

乳離れした子は、もう乳を求めて泣かず、静かに母のそばにいます。このイメージは、神から与えられるものだけでなく、神ご自身を愛することができると示しています。すべてを理解し、すべてを得なければならないとは考えない信頼です。

詩篇131篇でどのように祈ればよいですか

声に出さず、あるいは小さな声で、ゆっくり読みます。1節で、あなたを揺さぶる野心や心配を神の前に置きます。2節では、何も願わず、数分間神のそばで静かに過ごします。最後に3節で、神に望みをいだくことを選んで結びましょう。

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