聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 130
概要
詩篇130篇は都もうでの歌で、エルサレムに上る巡礼者たちが歌いました。深い淵、神に叫ぶほかない苦しみから始まります。詩人は、赦しが神のもとにあることを知り、朝を待つ見張りの忍耐をもって、神の約束を待ち望みます。詩篇は、イスラエル全体への呼びかけで結ばれます。恵みとあがないは主のもとにあるのです。
この章の4つの区分
1主よ、わたしは深い淵からあなたに呼ばわる。
2主よ、どうか、わが声を聞き、あなたの耳をわが願いの声に傾けてください。
3主よ、あなたがもし、もろもろの不義に 目をとめられるならば、主よ、だれが立つことができましょうか。
4しかしあなたには、ゆるしがあるので、人に恐れかしこまれるでしょう。
5わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます。
6わが魂は夜回りが暁を待つにまさり、夜回りが暁を待つにまさって主を待ち望みます。
7イスラエルよ、主によって望みをいだけ。主には、いつくしみがあり、また豊かなあがないがあるからです。
8主はイスラエルを そのもろもろの不義からあがなわれます。
鍵となる聖句
主よ、あなたがもし、もろもろの不義に 目をとめられるならば、主よ、だれが立つことができましょうか。 しかしあなたには、ゆるしがあるので、人に恐れかしこまれるでしょう。
もし神が罪を心に留められるなら、誰も立ち得ません。しかし赦しは神のもとにあり、この赦しこそが神への畏れを生み出します。
説教が語っていること
詩篇130篇についてよくある質問
詩篇130篇はどういう意味ですか
詩篇130篇は、自分の罪と苦しみを認める人の祈りです。詩人は、赦しが神のもとにあることを知り、信頼をもって神の約束を待つことを選びます。詩篇は、恵みとあがないが主のもとにあるという望みで結ばれます。
詩篇130篇は誰が書きましたか
本文は、これが都もうでの歌であることだけを示し、作者の名は記していません。これらの歌は、祭りのためにエルサレムに上る巡礼者たちが歌いました。キリスト教の伝統では、詩篇6、32、38、51、102篇とともに、悔い改めの詩篇に数えられます。
詩篇130篇はどのように祈り、味わえばよいですか
声に出して読み、1節を、今まさに自分が生きている状況から語りましょう。3節と4節で立ち止まり、神の赦しを感謝し、自分の過ちを神にゆだねてください。そのあと6節のように、答えを急がずに待ちましょう。
詩篇 130を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。