聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 38
概要
詩篇38篇はダビデの祈りで、表題には「記念のための歌」とあります。悔い改めの詩篇のひとつに数えられます。ダビデは、罪の重さ、砕かれた体、離れていく友、敵のわなを訴えます。神に何も隠さず、自分の不義を認めながら、ただひとつの望みを手放しません。主が答えてくださる、という望みです。詩は、神が見捨てず、急いで助けに来てくださるようにという短い叫びで終わります。
この章の4つの区分
1主よ、あなたの憤りをもってわたしを責めず、激しい怒りをもってわたしを懲らさないでください。
2あなたの矢がわたしに突き刺さり、あなたの手がわたしの上にくだりました。
3あなたの怒りによって、わたしの肉には全きところなく、わたしの罪によって、わたしの骨には健やかなところはありません。
4わたしの不義はわたしの頭を越え、重荷のように重くて負うことができません。
5わたしの愚かによって、わたしの傷は悪臭を放ち、腐れただれました。
6わたしは折れかがんで、いたくうなだれ、ひねもす悲しんで歩くのです。
7わたしの腰はことごとく焼け、わたしの肉には全きところがありません。
8わたしは衰えはて、いたく打ちひしがれ、わたしの心の激しい騒ぎによってうめき叫びます。
9主よ、わたしのすべての願いはあなたに知られ、わたしの嘆きはあなたに隠れることはありません。
10わたしの胸は激しく打ち、わたしの力は衰え、わたしの目の光もまた、わたしを離れ去りました。
11わが友、わがともがらは わたしの災を見て離れて立ち、わが親族もまた遠く離れて立っています。
12わたしのいのちを求める者はわなを設け、わたしをそこなおうとする者は滅ぼすことを語り、ひねもす欺くことをはかるのです。
13しかしわたしは耳のきこえない人のように聞かず、口のきけない人のように話しません。
14まことに、わたしは聞かない人のごとく、議論を口にしない人のようです。
15しかし、主よ、わたしはあなたを待ち望みます。わが神、主よ、あなたこそわたしに答えられるのです。
16わたしは祈ります、「わが足のすべるとき、わたしにむかって高ぶる彼らに わたしのことによって喜ぶことを ゆるさないでください」と。
17わたしは倒れるばかりになり、わたしの苦しみは常にわたしと共にあります。
18わたしは、みずから不義を言いあらわし、わが罪のために悲しみます。
19ゆえなく、わたしに敵する者は強く、偽ってわたしを憎む者は多いのです。
20悪をもって善に報いる者は、わたしがよい事に従うがゆえに、わがあだとなります。
21主よ、わたしを捨てないでください。わが神よ、わたしに遠ざからないでください。
22主、わが救よ、すみやかにわたしをお助けください。
鍵となる聖句
主よ、あなたの憤りをもってわたしを責めず、激しい怒りをもってわたしを懲らさないでください。
ダビデは、怒りをもって責めないでほしいと神に願うことから始めます。自分の誤りを争うのではなく、ただ神に憐れみを求めています。
主よ、わたしのすべての願いはあなたに知られ、わたしの嘆きはあなたに隠れることはありません。
力を失っていても、ダビデは自分のため息が神に知られていることを知っています。祈りとは、言葉にならないものを神の前に差し出すことに尽きることもあります。
しかし、主よ、わたしはあなたを待ち望みます。わが神、主よ、あなたこそわたしに答えられるのです。
苦しみのさなかで、詩の調子が変わります。ダビデは主を待ち望み、その答えを待つと宣言します。望みは状況にではなく、神との関係にあります。
主よ、わたしを捨てないでください。わが神よ、わたしに遠ざからないでください。 主、わが救よ、すみやかにわたしをお助けください。
最後の二節は、とても素朴な叫びです。遠く離れないでください、急いでください。神は「わが救い」と呼ばれ、詩全体の信頼を要約しています。
詩篇38篇についてよくある質問
詩篇38篇はどういう意味ですか
自分の罪のゆえに苦しみ、もう人の支えがなくなった信仰者の祈りです。ダビデは罪を告白し、身体的にも精神的にも苦しい状態を訴え、すべてを神にゆだねて、その答えを待ち望みます。伝統的に、詩篇6、32、51、102、130、143篇とともに、悔い改めの詩篇に数えられます。
詩篇38篇は誰が書いたのですか
表題はダビデの作とし、「記念のための」ものと記していますが、どの出来事がきっかけかは示していません。本文は、罪、病、離れていく友の中での孤独、脅かす敵について語りますが、ダビデの生涯のどの場面かは聖書に書かれていません。
詩篇38篇でどのように祈ればよいですか
説明のつかない罪責感や試練を抱えているときに、ゆっくり読んでください。9節で、神があなたの願いとため息をご存じであることを、あらためて言い表します。18節のように、認めるべきことを神の前に認め、21節と22節で、そばにいてくださるよう願って結びます。
詩篇 38を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。