聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 49
概要
コラの子による詩篇49篇は、お金と死について黙想します。誰も自分を贖うことも、兄弟を贖うこともできません。富む者も知恵ある者も死に、財産を他人に残します。中心には、調子を変える一言があります。神は私のたましいをよみの力から贖い出してくださる、神が私を受け入れてくださるから。それゆえ詩篇は、富を増す者を恐れなくてよいと招いています。
この章の5つの区分
1もろもろの民よ、これを聞け、すべて世に住む者よ、耳を傾けよ。
2低きも高きも、富めるも貧しきも、共に耳を傾けよ。
3わが口は知恵を語り、わが心は知識を思う。
4わたしは耳をたとえに傾け、琴を鳴らして、わたしのなぞを解き明かそう。
5わたしをしえたげる者の不義が わたしを取り囲む悩みの日に、どうして恐れなければならないのか。
6彼らはおのが富をたのみ、そのたからの多いのを誇る人々である。
7まことに人はだれも自分をあがなうことはできない。そのいのちの価を神に払うことはできない。
8とこしえに生きながらえて、墓を見ないために そのいのちをあがなうには、あまりに価高くて、それを満足に払うことができないからである。
10まことに賢い人も死に、愚かな者も、獣のような者も、ひとしく滅んで、その富を他人に残すことは人の見るところである。
11たとい彼らはその地を自分の名をもって呼んでも、墓こそ彼らのとこしえのすまい、世々彼らのすみかである。
12人は栄華のうちに長くとどまることはできない、滅びうせる獣にひとしい。
13これぞ自分をたのむ愚かな者どもの成りゆき、自分の分け前を喜ぶ者どもの果である。
14彼らは陰府に定められた羊のように 死が彼らを牧するであろう。彼らはまっすぐに墓に下り、そのかたちは消えうせ、陰府が彼らのすまいとなるであろう。
15しかし神はわたしを受けられるゆえ、わたしの魂を陰府の力からあがなわれる。
16人が富を得るときも、その家の栄えが増し加わるときも、恐れてはならない。
17彼が死ぬときは何ひとつ携え行くことができず、その栄えも彼に従って下って行くことは ないからである。
18たとい彼が生きながらえる間、自分を幸福と思っても、またみずから幸な時に、人々から称賛されても、
19彼はついにおのれの先祖の仲間に連なる。彼らは絶えて光を見ることがない。
20人は栄華のうちに長くとどまることはできない。滅びうせる獣にひとしい。
鍵となる聖句
彼らはおのが富をたのみ、そのたからの多いのを誇る人々である。 まことに人はだれも自分をあがなうことはできない。そのいのちの価を神に払うことはできない。
財産に頼る者は、自分を贖うことも、他人のために神に代価を払うこともできません。お金には限界があると、詩人ははっきり強調します。
しかし神はわたしを受けられるゆえ、わたしの魂を陰府の力からあがなわれる。
詩篇の中心です。たましいをよみから贖い出すことができるのは、神だけです。多くのクリスチャンは、ここに復活の希望の告知を見ますが、本文はそれを展開してはいません。
彼が死ぬときは何ひとつ携え行くことができず、その栄えも彼に従って下って行くことは ないからである。
人は死ぬとき、何も持って行けません。この節は、他人の豊かさに圧倒される人に向けて、その豊かさには続きがないことを思い起こさせます。
詩篇49篇についてよくある質問
詩篇49篇はどういう意味ですか
詩篇49篇は、富は命を救うことも延ばすこともできないと教えています。死はすべての人に及ぶからです。富を増す人をうらやんだり恐れたりしないよう招いています。彼らの安全はもろいからです。本当の救いは、たましいをよみから救われる神から来ます。ものの本当の価値についての知恵の詩篇です。
詩篇49篇は誰が書きましたか
表題はコラの子たちの作としています。神殿で歌い手を務めたレビ人です。詩人は、知恵の言葉を語り、立琴に合わせて歌い始めると述べています。音楽にのせた教えであり、箴言や伝道者の書のような知恵文学の形式です。
詩篇49篇はどのように祈ればよいですか
他人と自分を比べるとき、あるいはお金のことが気になるときに黙想しましょう。何が心配なのかを神に申し上げ、永く続くものについての神の見方を与えてくださいと願います。そのあと、15節を自分の祈りとします。自分のたましいを、ただ一人救うことのできる方にゆだね、過ぎ去らないものとともに生きられるよう助けを求めます。
詩篇 49を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。