聖書 — 口語訳 (1955)

詩篇 6

概要

詩篇6篇は、どん底にいるダビデの祈りです。体は力を失い、たましいは悩み、夜は涙のうちに過ぎていきます。ダビデは美しい言葉を並べず、自分の弱さをそのまま主に申し上げ、かえりみてくださいと願います。詩篇は終わりに近づくと調子が変わり、ダビデは主が自分の声を聞いてくださったと確信を語ります。キリスト教の伝統ではこの詩篇を悔い改めの詩篇の一つに数えますが、本文は具体的な罪には触れていません。試練の中で正直に祈ることを教えてくれる詩篇です。

この章の3つの区分

  1. 1-3節苦しみの叫び:主よ、あわれんでください、わたしは弱り衰えています
  2. 4-7節主よ、かえりみてください:疲れ果てた夜の涙
  3. 8-10節流れが変わる:主はわたしの祈りを聞かれた

1主よ、あなたの怒りをもって、わたしを責めず、あなたの激しい怒りをもって、わたしを懲らしめないでください。

2主よ、わたしをあわれんでください。わたしは弱り衰えています。主よ、わたしをいやしてください。わたしの骨は悩み苦しんでいます。

3わたしの魂もまたいたく悩み苦しんでいます。主よ、あなたはいつまでお怒りになるのですか。

4主よ、かえりみて、わたしの命をお救いください。あなたのいつくしみにより、わたしをお助けください。

5死においては、あなたを覚えるものはなく、陰府においては、だれがあなたを ほめたたえることができましょうか。

6わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。

7わたしの目は憂いによって衰え、もろもろのあだのゆえに弱くなった。

8すべて悪を行う者よ、わたしを離れ去れ。主はわたしの泣く声を聞かれた。

9主はわたしの願いを聞かれた。主はわたしの祈をうけられる。

10わたしの敵は恥じて、いたく悩み苦しみ、彼らは退いて、たちどころに恥をうけるであろう。

鍵となる聖句

2節
主よ、わたしをあわれんでください。わたしは弱り衰えています。主よ、わたしをいやしてください。わたしの骨は悩み苦しんでいます。

ダビデは何も隠しません。力がなく、骨まで悩み苦しんでいると語り、いやしを求めます。私たちも飾らない言葉で、自分の弱さをありのまま神の前に差し出してよいのです。

4節
主よ、かえりみて、わたしの命をお救いください。あなたのいつくしみにより、わたしをお助けください。

この祈りは、ダビデの功績ではなく、神のいつくしみに寄りかかっています。かえりみて救ってくださいという願いは、権利の主張ではなく、へりくだった嘆願です。

6節
わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。

この節は、いつまでも続く苦しみを描いています。休めない夜、寝床をぬらす涙。聖書は信仰者の涙を恥じてはいないことがわかります。

9節
主はわたしの願いを聞かれた。主はわたしの祈をうけられる。

詩篇の転換点です。叫びの後、ダビデは主が祈りを聞き、受け入れてくださると確信を語ります。この確信は、目に見える答えが来る前に、祈りそのものの中から生まれています。

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説教が語っていること

詩篇6篇についてよくある質問

詩篇6篇はどんな意味ですか

詩篇6篇は、苦しみと涙と敵意に押しつぶされそうなダビデの祈りです。主にあわれみを求め、かえりみて救い出してほしいと願います。最後は、神がその涙の声を聞いてくださったという確信で終わります。力尽きたときには仮面をかぶらずに祈ってよい、と教えてくれる詩篇です。

詩篇6篇は今日どのように祈ればよいですか

自分の祈りとして、ゆっくり読んでみてください。疲れや悲しみの中にあるときは特にそうです。初めの数節で今の自分の状態を神に伝え、4節で神のいつくしみに寄りかかります。最後に9節と10節を読み、状況がまだ変わっていなくても、神が聞いてくださることを感謝して終えましょう。

なぜ詩篇6篇は悔い改めの詩篇と呼ばれるのですか

古代から教会は、この詩篇を七つの悔い改めの詩篇の一つに数えてきました。1節で、神の怒りによって懲らしめないでほしいと願っているからです。ただし本文は、具体的な罪には触れていません。多くの人は、まず試練の中にある人の祈りであり、神のあわれみにすべてを委ねる祈りとして読んでいます。

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