聖書 — 口語訳 (1955)
詩篇 7
概要
詩篇7篇は、ベニヤミン人クシのことで主に歌ったダビデの嘆きの歌です。ダビデは責められ、追われ、神のもとに逃れて、自分の潔白にしたがってさばいてくださるよう願います。神は義なるさばきびとであり、悪しき者は自分が仕掛けた報いを刈り取ること、そして自分には、心の直き者を救われる主が盾となってくださることを語ります。詩篇は感謝の歌で結ばれます。不当な非難を受けているときに祈る助けとなる詩篇です。
この章の5つの区分
1わが神、主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。どうかすべての追い迫る者からわたしを救い、わたしをお助けください。
2さもないと彼らは、ししのように、わたしをかき裂き、助ける者の来ないうちに、引いて行くでしょう。
3わが神、主よ、もしわたしがこの事を行ったならば、もしわたしの手によこしまな事があるならば、
4もしわたしの友に悪をもって報いたことがあり、ゆえなく、敵のものを略奪したことがあるならば、
5敵にわたしを追い捕えさせ、わたしの命を地に踏みにじらせ、わたしの魂をちりにゆだねさせてください。
6主よ、怒りをもって立ち、わたしの敵の憤りにむかって立ちあがり、わたしのために目をさましてください。あなたはさばきを命じられました。
7もろもろの民をあなたのまわりにつどわせ、その上なる高みくらにおすわりください。
8主はもろもろの民をさばかれます。主よ、わたしの義と、わたしにある誠実とに従って、わたしをさばいてください。
9どうか悪しき者の悪を断ち、正しき者を堅く立たせてください。義なる神よ、あなたは人の心と思いとを調べられます。
10わたしを守る盾は神である。神は心の直き者を救われる。
11神は義なるさばきびと、日ごとに憤りを起される神である。
12もし人が悔い改めないならば、神はそのつるぎをとぎ、その弓を張って構え、
13また死に至らせる武器を備え、その矢を火矢とされる。
14見よ、悪しき者は邪悪をはらみ、害毒をやどし、偽りを生む。
15彼は穴を掘って、それを深くし、みずから作った穴に陥る。
16その害毒は自分のかしらに帰り、その強暴は自分のこうべに下る。
17わたしは主にむかって、その義にふさわしい感謝をささげ、いと高き者なる主の名をほめ歌うであろう。
鍵となる聖句
わが神、主よ、わたしはあなたに寄り頼みます。どうかすべての追い迫る者からわたしを救い、わたしをお助けください。
詩篇は、弁明するよりも先に神のもとに逃れるという、とっさの行動から始まります。表題に出てくるベニヤミン人クシは、ほかの箇所には登場しない人物で、おそらくサウルの宮廷での敵意に関係していたと思われます。
わが神、主よ、もしわたしがこの事を行ったならば、もしわたしの手によこしまな事があるならば、 もしわたしの友に悪をもって報いたことがあり、ゆえなく、敵のものを略奪したことがあるならば、 敵にわたしを追い捕えさせ、わたしの命を地に踏みにじらせ、わたしの魂をちりにゆだねさせてください。
ダビデは自分がさばかれることを受け入れます。もし自分に罪があるなら、敵に追わせてくださいと言うのです。これは自分が完璧だと言い張ることではなく、特定の非難を黙って背負うことを拒む、誠実な祈りです。
わたしを守る盾は神である。神は心の直き者を救われる。
盾の節です。守りは何かの方法から来るのではなく、神ご自身から来ます。神は心の直き者を救われます。パウロはこの盾のイメージを、エペソ人への手紙6章16節で用いています。
神は義なるさばきびと、日ごとに憤りを起される神である。
神は義なるさばきびとです。悪に対する神の怒りはその義と結びついており、不正を受けている人に安心を与えます。ただし、それは自分で復讐することを認めるものではありません。
説教が語っていること
詩篇7篇についてよくある質問
「わたしを守る盾は神である」(詩篇7篇10節)とはどういう意味ですか
ダビデは、自分の守りは武器や味方にあるのではなく、心の直き者を救われる神ご自身にあると語っています。戦いがなくなるという約束ではありません。神のもとに逃れる者は、非難する者たちの前にひとりで放り出されることはない、という確信です。
詩篇7篇の表題に出てくるクシとは誰ですか
表題には「ベニヤミン人クシ」とあります。聖書には、彼が登場する出来事は記されていません。サウルと同じ部族に属しているため、王に近い人物で、ダビデを訴えていたのではないかと考えられています。注解者の間でも意見は分かれており、本文からは断定できません。
不正に直面したとき、詩篇7篇をどう祈ればよいですか
まず、神のもとに逃れることから始めます(1節)。次にダビデのように、3節から5節で自分の心を調べます。自分に非があるなら、それを認めましょう。そのうえで、さばきを義なるさばきびとである神にゆだね、復讐はしません。最後に17節のように、神の義に感謝して祈りを閉じてください。
詩篇 7を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。