はじめに
パウロはクリスチャンの武具の描写を、ある特別な道具で締めくくります。それは信仰の盾です。エペソ人への手紙6章16節にはこう書かれています。「その上に、信仰の盾を取りなさい。それによって、悪しき者の火矢を消すことができます。」ティエリーはこの箇所を、盾と火矢という二つの具体的な現実に注目しながら開き、この武具の一部がなぜ壁に飾られた装飾品としてではなく、毎日握りしめられるべきものなのかを、あなたが理解できるように導いてくれます。
メッセージの概要
1. あなたを頭からつま先まで覆う盾
- ギリシャの重装歩兵部隊が使った盾(アスピス)は丸く、大きく、重さ約8キロでした。映画でよく見かけるものです。
- しかしパウロはこの言葉を使いません。彼が選んだのはテュレオス、細長い楕円形(時に長方形)の盾で、戦う者の全身を守るものです。
- テュレオスの語源は「石」または「扉」を意味し、洞窟の入り口を塞いだ大きな長い石を指します。ドイツ語のTür(扉)にその名残が見られます。
- これは頭や胴体だけを守る盾ではありません。全身を、頭のてっぺんからつま先まで覆うのです。
2. 悪しき者の火矢
- ギリシャ語のベロスは「矢」「投げ矢」「投射物」と訳せます。フランス語のセゴンド訳聖書は「燃える矢」という表現を採用しています。
- 当時、矢を松脂に浸してから火をつけ、盾や敵そのものを燃やすために射ていました。
- 「悪しき者」(ギリシャ語でポネロス)は悪い者、邪悪な者を指します。これは悪魔、告発者のことです(エペソ人への手紙6章11節)。
- C.S.ルイスの著書『悪魔の手紙』が思い起こさせるように、敵は自分が存在しないと思わせて自由に行動しようとするか、あるいは全能であるかのように見せかけようとします。どちらも真実ではありません。
3. 信仰とは、神に置く信頼のこと
- ギリシャ語のピスティスは「信仰」とも「信頼」とも訳されます。
- パウロが語っているのは自分自身への信頼ではありません。神に置く信頼のことです。そうでなければそれは「失敗の信仰」になってしまいます。
- 旧約聖書はすでにこのイメージを用いていました。詩篇記者は「わが盾は神にある」と言います(詩篇7篇11節)。守るのは盾ではなく、戦う者が信頼を寄せる神ご自身なのです。
- ダビデはサムエル記第二22章でさらに一歩進み、神ご自身が彼の盾であり、堅い岩であり、救い主であると語ります。
4. イエスがあなたの盾
- イエスは門です(ヨハネの福音書10章9節)。これはテュレオスと同じ語源です。彼は入り口を守ります。
- 彼は屠られた小羊であり、その血はまぶたに塗られ、エジプトでの過越の夜のように守ります(出エジプト記12章)。
- 使徒ヨハネはヨハネの黙示録で、小羊の血で自分の衣を洗った者たちについて語っています(ヨハネの黙示録7章14節)。
- イエスに信仰を置くことは、あなたの思い、心、魂の入り口を覆うことです。
5. 日曜日だけでなく、毎日それを握りしめる
- パウロは盾を「持て」とは言わず、「取れ(自分のものとして握れ)」と言います。神殿の柱に立てかけられた装備は何の役にも立ちません。
- それは日曜日だけ、あるいは時々ではなく、毎日手に取る必要があります。
- サムエル記第二22章のダビデのように、欠乏の時、仕事探しの時、人間関係の困難や、あなたを圧倒するように見える状況の中で、これらの箇所を読んであなたの魂を元気づけることができます。
- 詩篇42篇の詩人のように、あなたは自分の魂に語りかけることができます。「わが魂よ、なぜ、うなだれるのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。神はわが救い、わが神。」
- イスラエルの民が記念のために石碑を立てたように、神があなたの人生で行われたことを石に刻みなさい。メモ、付箋、ノートなど、「神はすでに行動された」ということを思い出させるものを。
覚えておきたいポイント
- パウロの盾(テュレオス)は小さな丸い円盤ではありません。頭からつま先まで、全身を覆うものです。
- 守る信仰とは、神に置く信頼のことです。自分自身への信頼ではありません。
- イエスはあなたの盾です。その血は、あなたの霊、心、思いの入り口を覆います。
- 武具は仕舞ったままでは何の役にも立ちません。パウロはそれを所有するだけでなく、握りしめることを求めています。
- 過去の救いを思い出すこと、あなた自身の、ダビデの、イスラエルの民の救いを思い出すことは、敵が「あなたの神はどこにいるのか」と言ってくる時に、あなたの信仰を養います。
個人への適用
- 今週、敵があなたに放つ「燃える矢」とは何でしょうか。告発、落胆、疑いの思いでしょうか。
- あなたはまず何に信頼を置く傾向がありますか。自分自身、自分の持てる資源、他の人々、それとも神でしょうか。
- 一日のうちどの瞬間に、信仰の盾を「握りしめる」具体的な習慣を持つことができますか。
- 落ち込んだ時に開く「頼りとなる聖句」として、どのような聖書箇所があなたにとって意味を持つようになりますか。
- 記憶が薄れてしまった時のために、どのような過去の救いをノートに書き留めておくことができますか。
引用聖句
- エペソ人への手紙6章10-18節 · 神の武具
- エペソ人への手紙6章16節 · 信仰の盾
- 詩篇7篇11節 · わが盾は神にある
- サムエル記第二22章 · 救われたダビデの歌
- 詩篇42篇、わが魂よ、なぜうなだれるのか
- 出エジプト記12章 · 鴨居に塗られた小羊の血
- ヨハネの黙示録7章14節 · 小羊の血で衣を洗った者たち
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よくある質問
なぜパウロはギリシャ兵士の丸い盾ではなく、細長い盾について語るのですか。
パウロが使ったギリシャ語はアスピスではなくテュレオスです。テュレオスは細長い楕円形または長方形の盾で、戦う者の全身を頭からつま先まで守ります。パウロがこの言葉を選んだのは、神への信仰があなたの人生の一部分だけを守るのではなく、あなたを頭からつま先まで完全に覆うからです。
悪しき者の「燃える矢」とは具体的に何ですか。
ローマ時代、燃える矢は松脂に浸してから火をつけ、敵の盾や敵自身を燃やすために放たれた投射物でした。霊的に言えば、これはあなたを焼き尽くそうとする悪魔の攻撃です。告発の思い、落胆、疑い、神が誰であるか、あるいはキリストにあってあなたが誰であるかについての嘘です。
日々の生活の中で、どのように信仰の盾を「握りしめる」ことができますか。
パウロは能動的な動詞を使っています。それは壁に立てかけられた装飾品ではありません。盾を握りしめるとは、毎日祈りによって神に信頼を置き、御言葉を自分のものとすること(サムエル記第二22章や詩篇42篇のような頼りとなる聖句)、そして過去の救いを具体的に思い出すことです。必要であれば、イスラエルの民が忘れないように石碑を立てたように、それをノートに書き留めておくことも含まれます。
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