要約
ガテびとイタイは、ペリシテの町ガテの出身で、六百人の部下とともに最近ダビデのもとに来た外国人です。アブシャロムの謀反でダビデがエルサレムを逃れたとき、ダビデは彼に引き返すよう勧めましたが、イタイは生きるにも死ぬにも王と共にいると誓いました。のちにダビデは軍の三分の一の指揮を彼に任せます。外国人でありながら示した忠誠が心に残ります。
ガテびとイタイという名前の意味
イタイという名は、「共に」を意味するヘブル語の語根と関連づけられることがありますが、意味ははっきりしません。しかも彼は外国人で、ガテの出身です。聖書はこの名の説明をしていません。「ガテびと」という呼び名は、単に出身の町を示しています。
ガテびとイタイの生涯
ダビデはエルサレムを逃れる
サムエル記第二15章13-18節アブシャロムはイスラエルの人々の心をつかみ、ヘブロンで王と宣言されました。ダビデは急いで家族とともにエルサレムを出ることを決めます。町を出ると、家来たちやケレテ人、ペレテ人、ガテから従って来た六百人のガテ人が王の前を通り過ぎました。その中にイタイがいました。
ダビデは引き返すよう勧める
サムエル記第二15章19-20節ダビデはイタイに、あなたは外国人で、来たのはつい昨日のことだと言い、行き先も分からない王と共にさまようことはないと告げます。新しい王のもとへ同胞とともに戻るよう勧め、主が恵みとまことをもって彼を取り扱ってくださるようにと祝福しました。
イタイの誓い
サムエル記第二15章21-22節イタイはそれを断ります。主の御名と王のいのちにかけて、わが主君である王のおられる所には、死ぬためでも生きるためでも、しもべも必ずそこにいると誓いました。ダビデは彼が進むことを許し、イタイはすべての部下と連れていた子どもたちとともに渡って行き、人々は王の旅立ちを泣いて見送りました。
軍の三分の一を率いる者
サムエル記第二18章1-2節アブシャロム側との戦いの前に、ダビデは軍勢を整えます。三分の一をヨアブに、三分の一をアビシャイに、三分の一をガテびとイタイに任せました。逃避行の前日に来たばかりの外国人が、王が民のいのちを託す三人の将の一人になったのです。
アブシャロムについての命令
サムエル記第二18章5-8節王は、ヨアブとアビシャイとイタイに公然と命じ、私のために若者アブシャロムをゆるやかに扱ってくれと言いました。戦いはエフライムの森で行われ、ダビデの家来たちが勝ちます。この後、記事はイタイの言葉も行いも、もう伝えていません。
ガテびとイタイから学ぶこと
- 忠誠は、従うことに犠牲が伴う危機の日にこそ明らかになります。
- 神は、全き心で王に結びつく外国人をも、御民の歴史の中に迎え入れてくださいます。
- イタイのダビデへの忠誠は、生きるにも死ぬにもイエスに従う弟子の姿を指し示しています。
- 試練の中で忠実な人は、のちに大きな責任を任されることがあります。
鍵となる聖句
イタイの誓いは、旧約聖書の中でもとりわけ美しい忠誠の告白の一つです。ルツのナオミへの言葉を思い起こさせ、キリストに条件なく従う招きを予告しています。
ダビデは強制せず、イタイが外国人であり去る自由があることを告げ、祝福します。イタイの忠誠は義務ではなく、自由な選択でした。
イタイは、ヨアブやアビシャイと同じ立場で、軍の三分の一の指揮を任されます。逃避行の中での忠実さは、王の信頼という形で報われました。
よくある質問
イタイはなぜダビデに従ったのですか。
本文は動機を詳しく述べていませんが、彼の誓いがそれを要約しています。わが主君である王のおられる所に、死ぬにも生きるにもいたいというのです(サムエル記第二15章21節)。主にかけて誓っており、ダビデだけでなくイスラエルの神にも結びついたことが分かります。
イタイはペリシテ人でしたか。
はい。ペリシテ人の大きな町の一つで、ゴリヤテの出身地でもあるガテの人と呼ばれています。ダビデ自身も彼を、自分の国から連れて来られた外国人と呼びました(サムエル記第二15章19節)。彼はガテからダビデに従って来た人々を率いていました。
イタイの物語は聖書のどこにありますか。
イタイは、アブシャロムから逃れるダビデの場面であるサムエル記第二15章18-22節に登場し、さらに軍の三分の一を指揮する18章2-5節に出てきます。ダビデの勇士の一覧である23章には、同名の別人イタイも出てきます。