要約
ダタンとアビラムはエリアブの子で、ルベン部族の人です。イスラエルが荒野で四十年を過ごした時代に、レビ人コラや二百五十人の指導者たちと共にモーセとアロンに逆らい、神が立てた権威に異議を唱えました。モーセの呼び出しも拒みます。さばきは厳しく、地が裂けて彼らを家族ごと呑み込みました。聖書は彼らの最期を、神への反逆への警告として繰り返し思い起こさせます。
ダタンとアビラムという名前の意味
ダタンの名は「泉」や「律法」に関わることばと結びつけられることがありますが、確かではありません。アビラムは一般に「わが父は高められた」と理解されます。聖書は説明せず、二人をルベン部族のエリアブの子として紹介しています(民数記16章1節)。
ダタンとアビラムの生涯
コラと共に起こした組織的な反逆
民数記16章1-3節レビ人コラは、ルベン部族のエリアブの子ダタンとアビラム、ペレテの子オンと共に反逆します。名のある二百五十人も加わりました。彼らはモーセとアロンに、なぜ主の集会の上に立つのかと詰め寄ります。平等を口実に、神が僕たちに与えた召しを否定したのです。
「私たちは上って行かない」
民数記16章12-15節モーセは使いを送ってダタンとアビラムを呼びますが、二人は上って行かないと拒みます。彼らは歴史をねじ曲げ、エジプトを乳と蜜の流れる地と呼び、モーセが荒野で自分たちを死なせ、支配しようとしていると責めました。激しく怒ったモーセは、彼らのろば一頭すら取っていないと主に訴えました。
民は離れるよう命じられる
民数記16章23-27節神は、会衆がコラ、ダタン、アビラムの住まいの周りから離れるよう命じます。モーセは長老たちと共に彼らのもとへ行き、この悪い者たちの天幕から離れ、彼らに属するものに何も触れないよう民に告げました。ダタンとアビラムは家族と共に天幕の入口に立ち、悔い改めませんでした。
地が口を開く
民数記16章28-35節モーセは一つのしるしを告げます。地が裂けて彼らを呑み込むなら、彼らが主を侮ったことが分かると。語り終えるやいなや、地は裂け、彼らを家と持ち物ごと呑み込みました。彼らは生きたままよみに下ります。イスラエル全体はその叫びに逃げ、主の火が香をささげていた二百五十人を焼き尽くしました。
世代への警告
民数記26章9-11節二度目の人口調査の箇所は、ダタンとアビラムが主に逆らってモーセとアロンに敵対したことを思い起こさせます。地は彼らを呑み込み、彼らは民への警告となりました。また、コラの子らは死ななかったと記され、神がさばきの中でも一人ひとりを区別されることが分かります。
ダタンとアビラムから学ぶこと
- 神が立てた僕たちに逆らうことは、突き詰めれば神ご自身への反逆になり得ます。
- 苦々しさは過去を書き換えます。ダタンとアビラムは、奴隷の地エジプトを乳と蜜の流れる地とまで呼びました。
- 呼ばれても行かないことは、対話と悔い改めの扉を閉ざします。
- 神は民に、悪と関わるのではなく、そこから離れるよう求められます。近くにいるだけでも同じです。
- 聖書に記されたさばきは警告として与えられています。私たちが謙遜と従順を選ぶためです。
鍵となる聖句
よくある質問
なぜダタンとアビラムは反逆したのですか。
民数記16章によれば、彼らは会衆全体が聖なるものだと主張して、モーセとアロンの権威を否定しました。また、モーセが自分たちをエジプトから連れ出して荒野で死なせ、支配しようとしていると責めました。呼び出しを拒んだことは、神に閉ざされた心を示しています。
ダタンとアビラムの名前にはどんな意味がありますか。
アビラムは一般に「わが父は高められた」と理解されます。ダタンの意味はあまり確かではなく、泉や律法に関わることばと結びつける人もいます。聖書は説明を与えず、二人をルベン部族のエリアブの子として紹介しています。
ダタンとアビラムの物語は聖書のどこにありますか。
中心となる記事は民数記16章です。彼らの反逆は民数記26章9-11節、申命記11章6節、詩篇106篇17節でも思い起こされます。新約聖書のユダの手紙11節も、彼らが加わったコラの反逆に触れています。