聖書の人物 メロダク・バラダン

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

メロダク・バラダンはバルアダンの子で、ユダ王ヒゼキヤと同時代のバビロンの王です。ヒゼキヤの病気と回復を聞き、手紙と贈り物を送りました。喜んだヒゼキヤは、使者たちに宝物をすべて見せます。預言者イザヤは、いつかすべてがバビロンに運び去られると告げました。恵みを受けたあとの高ぶりの危険を、聖書はヒゼキヤの姿に指摘しています。

メロダク・バラダンという名前の意味

メロダク・バラダンは、バビロンの主神の名メロダクと、与えたという意味に解される句を組み合わせたバビロニア語の名の、聖書での形です。第二列王記20章12節は、彼をバルアダンの子ベロダク・バラダンと呼んでいます。

メロダク・バラダンの生涯

  1. 手紙と贈り物

    イザヤ書39章1節

    ヒゼキヤが回復したあと、バビロンの王バルアダンの子メロダク・バラダンは、病気と回復を聞いて、彼に手紙と贈り物を送りました。並行箇所の第二列王記20章12節では、ベロダク・バラダンと呼ばれています。遠い大国が、小さなユダ王国に突然関心を示したのです。

  2. 見せられた宝物のすべて

    イザヤ書39章2節

    ヒゼキヤは喜び、使者たちに銀、金、香料、高価な油、武器庫、倉の宝物を見せました。聖書は強調します。家の中にも領地の中にも、ヒゼキヤが彼らに見せなかったものは一つもありませんでした。第二歴代誌32章25節は、彼の心が高ぶったと記します。

  3. イザヤの問い

    イザヤ書39章3-4節

    預言者イザヤが王のもとに来て、その人々はどこから来たのか、何を見たのかと尋ねます。ヒゼキヤは、遠い国バビロンから来たこと、倉の中のものでまったく見せなかったものはなかったと答えました。

  4. 捕囚の予告

    イザヤ書39章5-7節

    イザヤは万軍の主の言葉を伝えます。やがて王の家にあるものがすべてバビロンへ運び去られ、何も残らない日が来ます。ヒゼキヤの子らの中には、バビロンの王の宮殿で宦官になる者も出ます。メロダク・バラダンの使者が見たものを、いつかバビロンが奪うのです。

  5. ヒゼキヤの答え

    イザヤ書39章8節

    ヒゼキヤは、あなたが告げた主のことばはありがたいと答え、自分の生きている間は平和と安定があると付け加えました。メロダク・バラダンの話は聖書ではここで終わりますが、預言はのちに、ネブカドネツァルが主の宮と王宮の宝物を運び去ることで実現します(第二列王記24章13節)。

メロダク・バラダンから学ぶこと

  • 権力者の関心は、高ぶりの誘惑になることがあります。
  • 恵みを受けたあとは、持ち物を見せびらかすより、神への感謝が先であるべきです。
  • 私たちが誇らしげに見せるものは、しばしば何に信頼しているかを表します。
  • 神の言葉は、遠く思える未来も確実に告げています。
  • 自分に平和があるだけでは足りません。信仰は次の世代のことも考えます。

鍵となる聖句

イザヤ書39章1-2節

バビロンの王はヒゼキヤの回復後に手紙と贈り物を送り、ヒゼキヤは使者たちに宝物をすべて見せて、何も隠しませんでした。

イザヤ書39章6節

イザヤの預言は、使者たちが見たものがすべてバビロンへ運び去られると告げます。それはユダの捕囚の予告につながります。

第二歴代誌32章25-26節

歴代誌の記者は、恵みを受けたあとヒゼキヤの心が高ぶったと説明します。のちに彼はへりくだり、怒りは彼の存命中には臨みませんでした。

よくある質問

聖書のメロダク・バラダンとはだれですか。

メロダク・バラダンはバルアダンの子で、ユダ王ヒゼキヤの時代のバビロンの王でした。ヒゼキヤの回復後に手紙と贈り物を送り(イザヤ書39章1節)、使者たちは王の宝物をすべて見ました。そのことがバビロン捕囚の予告につながります。

なぜイザヤは使者の訪問のあとヒゼキヤを責めたのですか。

ヒゼキヤは外国人に宝物をすべて見せ、何も隠しませんでした。第二歴代誌32章25節は彼の心が高ぶったと述べ、31節は神が彼を試すため離れられたと述べます。イザヤはその富がバビロンへ運ばれると告げました。問題は歓待ではなく、聖書が指摘する王の高ぶりでした。

メロダク・バラダンの物語は聖書のどこにありますか。

物語はイザヤ書39章と、並行箇所の第二列王記20章12-19節にあり、そこでは彼はベロダク・バラダンと呼ばれます。第二歴代誌32章31節も、この国に起こったしるしについて尋ねに来たバビロンの首長たちの使者に触れています。

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