聖書の人物 ユダの王アモン

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

アモンはユダの王で、マナセ王の子、ヨシヤ王の父です。二十二歳で王となり、エルサレムで二年間だけ治めました。主の目の前に悪を行い、父の偶像に仕え、先祖の神を捨てました。マナセと違い、主の前にへりくだりませんでした。家来たちが謀反を起こして彼を殺し、国の民はヨシヤを王に立てました。

ユダの王アモンという名前の意味

アモンという名は、一般にヘブル語の「忠実」や「堅固」に関わる語根と結びつけられ、「工匠」の意味とみる人もいます。聖書は名の由来を説明していません。アハブの時代のサマリヤの町の長アモン(第一列王記22章26節)と混同してはなりません。

ユダの王アモンの生涯

  1. マナセの遺産

    第二列王記21章1-18節、第二歴代誌33章11-20節

    アモンは五十五年間王だったマナセの子です。マナセは高き所を築き直し、バアルの祭壇を立て、主の宮に偶像を置き、多くの罪のない血を流しました。しかし歴代誌によれば、彼は苦しみの中でへりくだり、神はそれに答えられました。マナセの死後、アモンが王となります。

  2. 二年間の治世

    第二列王記21章19-22節

    アモンは二十二歳で王となり、エルサレムで二年間治めました。母はヨテバの出身ハルツの娘メシュレメテです。彼は父と同じく主の目の前に悪を行い、同じ道を歩み、同じ偶像に仕えて拝みました。先祖の神である主を捨てたのです。

  3. 悔い改めなかった王

    第二歴代誌33章21-23節

    歴代誌は対比を強調します。捕らえられたマナセは神の前に深くへりくだりました。しかしアモンは、父が造った彫像すべてにいけにえをささげて仕えながら、マナセのようには主の前にへりくだらず、ますます罪を重ねました。

  4. 謀反

    第二列王記21章23-26節、第二歴代誌33章24-25節

    アモンの家来たちは謀反を起こし、彼を王宮の中で殺しました。しかし国の民は謀反を企てた者をみな打ち殺し、アモンの子ヨシヤを王に立てます。アモンはウザの園にある自分の墓に葬られました。その子はユダで最も忠実な王のひとりとなります(第二列王記22章2節)。

  5. イエスの系図にある名

    マタイ1章10節

    アモンはマタイによるイエスの系図に名があります。マナセがアモンを生み、アモンがヨシヤを生んだ、と記されています。彼が不忠実であっても、ダビデの家系は彼を通して続きました。子孫の中に道を踏み外す者がいても、神はダビデへの約束に忠実であられます。

ユダの王アモンから学ぶこと

  • 親の過ちをまねるだけで、その悔い改めをまねなければ、破滅に至ります。
  • 神に立ち返る時間は無限ではありません。アモンの治世はわずか二年でした。
  • 家族の歴史は人を縛りません。アモンの子ヨシヤは主の道を歩むことを選びました。
  • 神の約束への忠実さは、人間の不忠実さをはるかに超えています。

鍵となる聖句

第二歴代誌33章23節

アモンは、マナセがへりくだったようには主の前にへりくだりませんでした。父の偶像礼拝はまねても、悔い改めの模範には従わなかったのです。恵みはなお差し出されていました。

第二列王記21章22節

彼の生涯は一文に要約されます。先祖の神である主を捨てた、という言葉です。神を捨てることは、いのちと祝福の源そのものを離れることです。

第二列王記22章1-2節

アモンの治世の直後、その子ヨシヤは主の目にかなうことを行いました。不忠実な世代のあとにも、神の恵みは忠実な世代を起こすことができます。

よくある質問

ユダの王アモンとは誰ですか。

アモンはマナセ王の子でヨシヤ王の父です。二十二歳で王となり、エルサレムで二年間治めました。父の偶像に仕え、主を捨て、へりくだりませんでした。家来たちが彼を王宮で殺しました(第二列王記21章19-26節)。

なぜアモンはマナセのように悔い改めなかったのですか。

聖書は心理的な説明をしていません。アモンが父の彫像にいけにえをささげ、主の前にへりくだらず、ますます罪を重ねたことだけを述べます(第二歴代誌33章22-23節)。彼はマナセの過ちには従いましたが、神に立ち返る歩みには従いませんでした。

アモンの物語は聖書のどこにありますか。

アモンの治世は第二列王記21章18-26節と第二歴代誌33章20-25節に記されています。ヨシヤの父としてエレミヤ書1章2節とゼパニヤ書1章1節にも名が出て、マタイ1章10節ではイエスの系図に載っています。

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