聖書の人物 ダビデ

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

ダビデはエッサイの末の子で、ベツレヘムの羊飼いでしたが、神に選ばれてイスラエルの王となりました。一般的な目安では紀元前1000年ごろの人物です。信仰によってゴリアテを倒し、王となり、永遠の王座の約束を受けます。のちにバテ・シェバとの間で重い罪を犯しました。詩篇51篇の悔い改めは、聖書が神の心にかなう人と呼ぶ姿を示し、その子孫からメシアが生まれます。

ダビデという名前の意味

ダビデの名は、愛や愛される者を意味するヘブル語に結びつけられます。聖書はこの名について、直接の説明をしていません。

ダビデの生涯

  1. サムエルに油注がれた羊飼い

    第一サムエル記16章1-13節

    神はサムエルをベツレヘムに遣わし、エッサイの子の中から王を選ばせます。サムエルは兄たちの外見を見ますが、主は心を見られます。羊の番をしていた末の子ダビデが呼ばれ、油を注がれると、主の霊が彼の上に激しく下りました。

  2. ゴリアテとの戦い

    第一サムエル記17章32-51節

    イスラエル中が巨人のペリシテ人を恐れる中、若い羊飼いのダビデは王の鎧を着ず、石投げと五つの石で進み出ます。万軍の主の名によって来たと語りました。石がゴリアテの額に当たって倒れ、ダビデが討ちます。戦いは主のものでした。

  3. 永遠の家の約束

    第二サムエル記7章8-16節

    ダビデは主のために家を建てたいと願います。しかし預言者ナタンを通して、神ご自身が彼のために家を建てると答えられます。ダビデの子孫の王座を永遠に堅く立てるというこの約束は、聖書全体を照らし、ダビデの子イエス・キリストにおいて成就します。

  4. バテ・シェバとの罪

    第二サムエル記11章1-27節

    軍が戦いに出ている間、ダビデはエルサレムにとどまります。彼はバテ・シェバを見て召し入れ、夫ウリヤが死ぬよう前線に置かせます。そののちバテ・シェバを妻にしました。聖書は、このことが主の御目に悪かったと記します。

  5. 悔い改め

    詩篇51篇1-12節

    ナタンに責められて、ダビデは罪を認めます。詩篇51篇はその祈りを伝えています。神にあわれみを求め、咎を洗い去っていただき、きよい心を造ってほしいと願います。言い訳をせず、ただ神の慈しみに身を委ねました。

ダビデから学ぶこと

  • 神は外見ではなく心を見られ、人が思いもしない最後の者を選ばれることがよくあります。
  • 信仰は、自分の武器ではなく主の御名に頼って巨人に立ち向かいます。
  • 神の心にかなう人でさえ倒れることがあります。誰も自分は大丈夫だと思ってはなりません。
  • 言い訳のない真実な悔い改めは、赦しと新しくされた心への扉を開きます。

鍵となる聖句

第一サムエル記16章7節

神はサムエルに、人は目に映るものを見るが、主は心を見られると語られます。外見で人を測らない神の基準を示す言葉です。

第二サムエル記7章16節

神はダビデに、彼の家と王国が永遠に続くと約束されます。新約聖書は、この約束がダビデの子イエスにおいて成就したと見ています。

詩篇51篇12節

罪を犯したあと、ダビデは神に、きよい心を造り、揺るがない霊を新しくしてくださいと願います。悔い改めの模範となる祈りです。

ダビデについての説教

よくある質問

なぜ神はダビデを選ばれたのですか。

第一サムエル記16章7節で、神は外見ではなく心を見ると言われます。ダビデは最も若く、誰も予想しない人でした。聖書は別の箇所で彼を神の心にかなう人と呼びますが、それは欠点がないという意味ではありません。

ダビデという名前にはどんな意味がありますか。

名前は、愛される者を意味するヘブル語に結びつけられます。聖書は他の人物と違い、ダビデの名について直接の説明をしていません。そのため、この意味は慎重な提案にとどまります。

ダビデの物語は聖書のどこにありますか。

第一サムエル記16章から始まり、第一サムエル記の残り、第二サムエル記全体、列王記第一の初めまで続きます。歴代誌第一にも並行する記述があります。詩篇の多くに彼の名があり、罪のあとには詩篇51篇があります。

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