要約
メフィボシェテはヨナタンの子で、サウル王の孫です。五歳のとき逃げる途中で両足が不自由になり、ロ・デバルでひっそり暮らします。ダビデ王はヨナタンへの真実から彼を捜し出し、サウルの地所を返し、いつまでも自分の食卓に着かせます。のちに不当に訴えられても、彼は素直な感謝をもってダビデを迎えました。
メフィボシェテという名前の意味
名前の意味には議論があります。後半の要素を「恥」を表す語に結びつける見方もありますが、聖書は直接説明していません。歴代誌第一8章34節では、メリブ・バアルと呼ばれています。
メフィボシェテの生涯
足が不自由になった子ども
サムエル記第二4章4節サウルとヨナタンの死の知らせがイズレエルから届きます。五歳だったメフィボシェテを乳母が抱いて逃げますが、慌てるあまり子どもは落ち、両足が不自由になります。ヨナタンの子は、この出来事の傷を体に負い、宮殿から離れて育ちました。
恵みを施そうとするダビデ
サムエル記第二9章1-8節王となったダビデは、ヨナタンのために恵みを施せるサウルの家の者がまだ残っているかと尋ねます。ツィバは、ロ・デバルにいる足の不自由なヨナタンの子のことを告げます。メフィボシェテは震えてひれ伏し、自分を死んだ犬にたとえますが、ダビデは彼を安心させます。
王の食卓に着く席
サムエル記第二9章9-13節ダビデはサウルの地所をすべてメフィボシェテに返し、ツィバとその子らに耕させます。メフィボシェテは、王の子の一人のように、いつも王の食卓で食事をします。彼はエルサレムに住みましたが、両足は不自由なままでした。
ダビデの逃避行での訴え
サムエル記第二16章1-4節ダビデがアブサロムから逃げるとき、ツィバが食料を積んだろばを連れて出迎えます。主人のことを聞かれると、メフィボシェテは祖父の王国を取り戻せると期待してエルサレムに残っていると言います。ダビデはそれを信じ、メフィボシェテの全財産をツィバに与えます。
ダビデの帰還
サムエル記第二19章24-30節メフィボシェテは、エルサレムに戻る王を迎えに出ます。ダビデが去って以来、足の手入れもひげの手入れもしていませんでした。ツィバに欺かれたと説明します。ダビデは財産を二人で分けるよう命じますが、王が無事に帰ったのだから、ツィバが全部取ってよいと答えます。
メフィボシェテから学ぶこと
- 恵みは、私たちのいる場所まで探しに来ます。ダビデがロ・デバルのメフィボシェテを捜させたようにです。
- 神は私たちの弱さや辛い過去を問わず、ご自分の食卓に迎えてくださいます。
- ダビデがヨナタンにした約束のように、約束への真実は一つの家族全体を祝福することがあります。
- 不当な訴えを受けることがあっても、神は真実を知っておられ、私たちを守ってくださいます。
- 本当の幸せは、受けた財産を守ることより王のもとに戻ることです。ダビデの帰還のときのメフィボシェテがそうでした。
鍵となる聖句
ダビデは、ヨナタンのために恵みを施せる者がサウルの家にまだいるかと尋ねます。この問いが物語の始まりであり、恵みは契約から生まれることを示しています。
ダビデはメフィボシェテに、恐れてはならない、ヨナタンのために恵みを施し、サウルの地所を返し、いつも自分の食卓に着かせると語ります。神の恵みを映す場面です。
メフィボシェテは、王が無事に家へ帰ったのだから、ツィバが全部取ってよいと答えます。彼にとって、受けた財産より王がともにいることのほうが大切だと分かります。
よくある質問
聖書のメフィボシェテとはどんな人ですか。
メフィボシェテはヨナタンの子で、サウル王の孫です。五歳のときから両足が不自由で、ダビデに迎えられ、サウルの地所を返してもらい、王の食卓で食事をするようになりました。
メフィボシェテという名前にはどんな意味がありますか。
名前の意味には議論があり、後半を「恥」に結びつける見方もありますが、聖書は直接説明していません。歴代誌第一8章34節では、同じ人物がメリブ・バアルと呼ばれています。
メフィボシェテの物語は聖書のどこにありますか。
サムエル記第二にあります。4章が足の不自由になった出来事、9章がダビデによる迎え入れ、16章と19章がツィバの訴えと王との再会を語っています。