聖書の人物 ユダの王マナセ

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

マナセは、敬虔な王ヒゼキヤの子で、ユダの王です。十二歳で王となり、エルサレムで五十五年間治めました。高き所を再建し、神殿にまでバアルの祭壇を築き、自分の子に火の中を通らせ、罪のない血を多く流しました。神はユダへのさばきを告げます。しかしアッシリヤによりバビロンへ鎖でつながれると、マナセは深くへりくだって祈り、神は彼をエルサレムに戻されました。ユダで最悪の王であり、旧約でも指折りの赦しを受けた人物です。

ユダの王マナセという名前の意味

マナセはヘブル語の名前で、「忘れさせる」という意味の動詞に結びつけられます。聖書は、ヨセフの子が、神が苦労を忘れさせてくださったのでこの名で呼ばれたと説明しています(創世記41章51節)。ユダの王の名前そのものには説明がなく、イスラエルの部族名として知られていた名前です。ヨセフの子と混同しないようにしましょう。

ユダの王マナセの生涯

  1. 十二歳で王となる

    列王記下21章1-2節

    マナセは十二歳で王となり、エルサレムで五十五年間治めました。母の名はヘフツィ・バです。礼拝を清めた父ヒゼキヤの後を継ぎながら、主が追い払われた国々の忌み嫌うべき慣わしに従って、主の目に悪であることを行いました。

  2. 神殿の中にまで偶像が

    列王記下21章3-9節

    彼は父が壊した高き所を建て直し、バアルの祭壇を築き、アシェラ像を造り、天の万象を拝みました。主の宮の二つの庭にも祭壇を築き、子に火の中を通らせ、占いをし、霊媒や口寄せを用います。ユダは、かつて追い払われた国々よりも悪を行いました。

  3. 預言者たちによるさばきの宣告

    列王記下21章10-16節

    神はしもべである預言者たちを通して、マナセの忌み嫌うべき行いのゆえに、聞く者の耳が鳴るほどの災いをエルサレムにもたらし、皿をぬぐって伏せるように町を拭うと告げます。マナセは罪のない血を多く流し、エルサレムを隅々まで満たしました。

  4. バビロンへの鎖

    歴代誌下33章10-11節

    主はマナセとその民に語られましたが、彼らは耳を貸しません。そこで主はアッシリヤの王の軍の長たちを攻め上らせました。彼らはマナセを捕らえ、鉤で引いて青銅の足かせにつなぎ、バビロンへ連れて行きます。偶像でエルサレムを満たした王は、異国で囚人になりました。

  5. へりくだりと赦し

    歴代誌下33章12-13節

    苦しみの中で、マナセは自分の神、主に願い、先祖の神の前に深くへりくだりました。彼が祈ると、神は願いを聞き入れ、嘆願を受け入れて、彼をエルサレムの王国へ戻されました。マナセは、主こそ神であることを知ったのです。

  6. 立ち返りの実

    歴代誌下33章14-20節

    帰国したマナセはエルサレムの外壁を築き直し、城壁のある町々に軍の長を置きました。異国の神々と偶像を主の宮から取り除き、自分が築いた祭壇を壊し、主の祭壇を築き直して感謝のいけにえをささげます。ユダに主に仕えるよう命じました。彼の死後、子のアモンが後を継ぎますが、父のようにへりくだりませんでした。

ユダの王マナセから学ぶこと

  • 神のあわれみには、重すぎる過去などありません。マナセが赦されたのなら、あなたも今日神のもとに帰ることができます。
  • 本当の悔い改めは行いに現れます。マナセは、自分が築いた祭壇を自分の手で壊しました。
  • 敬虔な親の遺産に安心してはいけません。神の前をどう歩むかは、あなた自身が答えるべきことです。
  • 神は打つ前に語られます。苦しみに強いられる前に、神の警告に耳を傾けることを学びましょう。
  • 神の赦しは、すべての結果を消すわけではありません。この治世の間にまかれた悪の跡を、民は長く抱え続けました。

鍵となる聖句

歴代誌下33章12-13節

物語の転換点です。苦しみの中でマナセはへりくだって祈り、神は聞き入れて彼を回復されました。神の赦しは、王の罪から望めるものをはるかに超えています。

列王記下21章11-12節

神はマナセをユダに臨むさばきの原因として名指しします。彼の忌み嫌うべき行いはエモリ人の行いを上回り、偶像によって民に罪を犯させました。

歴代誌下33章23節

子のアモンは、父マナセのようには主の前にへりくだりませんでした。聖書は二人の王を比べ、父のへりくだりが本物だったことを示しています。

ユダの王マナセについての説教

よくある質問

なぜ神はマナセを赦されたのですか。

聖書は、マナセがその赦しに値したとは書かず、彼が願ったことを記します。苦しみの中で主に願い、先祖の神の前に深くへりくだりました。神は願いを聞き入れてくださいました(歴代誌下33章13節)。赦しの根拠は、神のあわれみと砕かれた心の真実さにあり、王の価値にはありません。

マナセという名前にはどんな意味がありますか。

マナセは「忘れさせる」という意味のヘブル語の動詞に結びつけられます。聖書は、ヨセフの子が、神が苦労を忘れさせてくださったのでこの名を受けたと説明しています(創世記41章51節)。ユダの王の名には説明がなく、すでにイスラエルの部族名として知られていた名前です。

マナセの物語は聖書のどこにありますか。

彼の治世は、罪とさばきの宣告を強調する列王記下21章1-18節と、バビロンでの捕囚、祈り、帰還、改革を加えて記す歴代誌下33章1-20節に語られています。エレミヤ書15章4節にも、ユダに臨むさばきの理由として彼の名が挙げられています。

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