聖書の人物 ユダの王ヨタム

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

ヨタムはユダの王で、アザリヤとも呼ばれるウジヤの子です。父が重い皮膚病になっていた間、すでに王宮を管理し、民をさばいていました。二十五歳で王となり、エルサレムで十六年間治め、主の目にかなうことを行いました。神殿の上の門、町々、城塞と塔を建て、アモン人に勝利しました。民が堕落し続けたとはいえ、変わらぬ忠実さが心に残ります。

ユダの王ヨタムという名前の意味

ヨタムという名は、一般にヘブライ語の「主は完全である」または「主は誠実である」と結びつけられます。聖書はこの名の説明をしていません。士師記9章5節で兄弟たちの虐殺から逃れたギデオンの末の子ヨタムと、この王を混同してはなりません。

ユダの王ヨタムの生涯

  1. 父が病の間の摂政

    歴代誌第二26章21節

    ウジヤ王は、香をたくために神殿に入ったことで重い皮膚病を患い、死ぬまで隔離された家に住みました。その間、息子ヨタムが王宮を管理し、国の民をさばきました。こうして彼は、自ら王座に就く前から権力を行使していました。

  2. 正しい治世

    列王記第二15章32-35節

    イスラエルの王ペカの第二年に、ヨタムは二十五歳で王となり、エルサレムで十六年間治めました。母はツァドクの娘エルシャです。彼は父と同じく主の目にかなうことを行いました。しかし高き所は取り除かれず、民はなおそこで犠牲をささげていました。

  3. 神殿に入らなかった王

    歴代誌第二27章2節

    歴代誌の記者は、ヨタムが父ウジヤと同じことを行ったと述べつつ、ただ主の神殿には入らなかったと付け加えます。一般に、父に重い皮膚病をもたらした過ちを繰り返さなかったという意味に理解されます。しかし、民はなお堕落していたと本文は記します。

  4. 建設と勝利

    歴代誌第二27章3-6節

    ヨタムは主の宮の上の門を建て、オフェルの城壁にも多くの工事をしました。ユダの山地に町々を、城塞と塔も建てました。アモン人の王と戦って勝ち、アモン人は三年続けて貢ぎ物を納めました。ヨタムが力を増したのは、自分の神、主の前でその道を堅く保ったからです。

  5. 治世の終わり

    列王記第二15章37-38節

    そのころ、主はアラムの王レツィンとイスラエルの王ペカをユダに差し向け始められました。ヨタムは死んで先祖たちとともにダビデの町に葬られ、子のアハズが代わって王となりましたが、父の忠実さには従いませんでした。

ユダの王ヨタムから学ぶこと

  • 本当の力は、日々神の前に自分の道を堅く保つことから生まれます。
  • 両親の過ちから学びつつ、彼らがした良いことを否定する必要はありません。
  • 指導者個人の忠実さだけでは、民全体の心を変えるには足りないことがあります。
  • 目立たなくても変わらず神に仕える姿は、聖書が重んじる足跡を残します。

鍵となる聖句

歴代誌第二27章6節

ヨタムの力の秘訣は霊的なものでした。彼は自分の神の前でその道を堅く保ち、その繁栄はこの真っすぐで変わらない歩みから生まれました。

歴代誌第二27章2節

ヨタムは父の良い行いに倣い、父のように神殿に入ることはしませんでした。この節は、王の敬虔さが民の堕落を止めるとは限らないことも示します。

列王記第二15章34-35節

ヨタムは正しいことを行いましたが、高き所は残りました。聖書は彼の忠実さと、その治世の改革の限界の両方を伝えています。

よくある質問

ヨタムはなぜ強くなったのですか。

聖書は直接説明しています。ヨタムが力を増したのは、自分の神、主の前でその道を堅く保ったからです(歴代誌第二27章6節)。建設事業やアモン人への勝利は、神への変わらない忠実さの実りとして示されています。

ヨタムという名はどういう意味ですか。

一般に「主は完全である」または「主は誠実である」という意味に理解されています。聖書はこの名について述べていません。士師記に出てくるギデオンの末の子も同じ名ですが、ユダの王とは別人です。

ヨタムの物語は聖書のどこにありますか。

彼の治世は列王記第二15章32-38節と歴代誌第二27章に記されています。父が病の間の摂政は、列王記第二15章5節と歴代誌第二26章21節に出てきます。またイザヤ書1章1節に名があり、マタイの福音書1章9節の系図にも登場します。

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