慰めを求める祈り

悲しみや喪失の中にあるとき、自分のために、また苦しんでいる友のために、神の臨在と慰めを求める三つの祈りです。

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このページは、心が重い方、大切な人を亡くした方、また苦しんでいる友のために祈ることばを探している方のためのものです。悲しみの中で慰めを受けるとは、痛みが一夜で消えることではありません。その痛みの中で一人ではないということです。神は心の砕けた者の近くにおられ、あなたの涙も、問いも、沈黙も受け止めてくださいます。どうぞ時間をかけて祈ってください。

祈り

喪失の中で慰めを求める祈り

主よ、私は愛する人を失いました。この痛みは、ことばにできないほど深いものです。何も感じられないときもあれば、涙が止まらないときもあります。イエス様も友の墓の前で涙を流されたので、あなたはこの悲しみをご存じです。私の悲しみも、悔いも、問いも、あなたの前に持って行きます。家が静かすぎるとき、思い出があふれるとき、私を抱きしめてください。夜には休みを、朝には力を与えてください。急がず、希望を失わずに、正直に悲しむことができるよう助けてください。耳を傾けてくれる人々を私のまわりに置いてください。会いたくてたまらないその人をあなたにゆだね、いつの日かすべての涙をぬぐってくださるという約束にすがります。その日まで、私のそばにいてください。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。

ヨハネの黙示録21章4節

悲しみの中で慰めを求める祈り

天の父なる神様、今日、私の心は重く沈んでいます。うまく説明できない悲しみ、失望、傷、そして離れない疲れを抱えています。もうあなたに隠したくありません。あなたは、ほかの人には見えないものをご覧になります。この谷の中で私に出会ってください。どの道を行けばよいか分からないとき、私の羊飼いとなってください。不安な思いを静め、「おまえは一人だ」とささやく声を黙らせてください。少しずつでもかまいません。あなたの臨在を感じさせてください。みことばを通して、祈りを通して、まわりの人々を通して与えられる慰めを受け取ることを教えてください。この季節が最後のことばにはならないと信じます。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。

詩篇23篇4節

苦しんでいる友のための祈り

主よ、私の友をあなたの前にささげます。友は今、深い痛みの中にいます。私は何と言えばよいのか分かりません。あなたは私以上に友の心をご存じです。私のことばが届かないところで、友を慰めてください。悲しみが最も重くのしかかる夜に、そばにいてください。友に休みを与え、離れずに寄り添う人々を与えてください。私が真実な友でいられるよう助けてください。話すよりも聞き、ささやかな助けを持って訪ね、ほかの人が離れていっても寄り添い続けられるように。つらい状況に安易な答えを押しつけないよう守ってください。あなたが私に与えてくださった慰めを用いて、友を慰めさせてください。あなたに愛されていることを、友が心の奥で知ることができますように。イエス様の御名によって祈ります。アーメン。

コリント人への手紙第二1章3-4節

聖書の宣言

悲しむ者は慰められる

« 悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。 »

マタイの福音書 5:4

私の涙は忘れられていません。イエスは私の悲しみをご覧になり、悲しむ者に慰めを約束しておられると宣言します。

神は心の砕けた者に近い

« 主は心の砕けた者に近く、たましいの悔いくずおれた者を救われる。 »

詩篇 34:18

神は私の痛みから遠く離れておられません。心が砕かれ、たましいがくずおれるとき、神は私の近くにおられると宣言します。

疲れた心に休みを

« すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。 »

マタイの福音書 11:28

私は重荷をイエスの足もとに降ろすことができます。主は私を招き、疲れたたましいに休みを与えてくださると宣言します。

黙想のための聖句

よくある質問

深い悲しみの中で、どのように慰めを祈り求めればよいですか。

まず、感じていることを正直に神に打ち明けてください。怒りや戸惑いがあってもかまいません。詩篇13篇や42篇のように、詩篇には率直な嘆きがたくさんあります。そのうえで、神の臨在と休みと支えてくれる人々を求めます。短いことばでも、沈黙でも十分です。神は砕かれた心の祈りを聞いてくださいます。

苦しんでいる友のために、どう祈ればよいですか。

休み、平安、具体的な助け、まわりで支える人々など、友の必要を具体的に祈ります。長い説明はせずに「祈っています」と短いメッセージを送るのもよいでしょう。ガラテヤ人への手紙6章2節は、互いに重荷を負い合うよう勧めています。ことばよりも、そばにいることと変わらない真実さが慰めになることが多いのです。

クリスチャンが悲しむのは間違いですか。

いいえ。イエスはラザロの墓の前で涙を流されました(ヨハネの福音書11章35節)。パウロは、信じる者も悲しむけれども、望みを持たない人々のようには悲しまないと書いています(テサロニケ人への手紙第一4章13節)。悲しみは愛の裏返しです。悲しみが重すぎたり長く続いたりするときは、牧師やカウンセラー、医師に相談するのが賢明です。

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