聖書 — 口語訳 (1955)
エゼキエル書 2
概要
エゼキエル書2章で、神はひれ伏している預言者に「人の子」と呼びかけ、立ちあがるように言われます。すると御霊が彼のうちに入り、彼を立たせます。神は彼をイスラエルの人々、心のかたくなな反逆の民のもとへ遣わされますが、彼らが聞くという保証はありません。神は恐れてはならないこと、彼らのように反逆してはならないことを命じられます。そのとき一つの手が、悲しみの言葉で満ちた巻物を差し出します。預言者は語る前に、まずそれを受け取らなければなりません。
この章の4つの区分
1彼はわたしに言われた、「人の子よ、立ちあがれ、わたしはあなたに語ろう」。
2そして彼がわたしに語られた時、霊がわたしのうちに入り、わたしを立ちあがらせた。そして彼のわたしに語られるのを聞いた。
3彼はわたしに言われた、「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの民、すなわちわたしにそむいた反逆の民につかわす。彼らもその先祖も、わたしにそむいて今日に及んでいる。
4彼らは厚顔で強情な者たちである。わたしはあなたを彼らにつかわす。あなたは彼らに『主なる神はこう言われる』と言いなさい。
5彼らは聞いても、拒んでも、(彼らは反逆の家だから)彼らの中に預言者がいたことを知るだろう。
6人の子よ、彼らを恐れてはならない。彼らの言葉をも恐れてはならない。たといあざみといばらがあなたと一緒にあっても、またあなたが、さそりの中に住んでも、彼らの言葉を恐れてはならない。彼らの顔をはばかってはならない。彼らは反逆の家である。
7彼らが聞いても、拒んでも、あなたはただわたしの言葉を彼らに語らなければならない。彼らは反逆の家だから。
8人の子よ、わたしがあなたに語るところを聞きなさい。反逆の家のようにそむいてはならない。あなたの口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい」。
9この時わたしが見ると、見よ、わたしの方に伸べた手があった。また見よ、手の中に巻物があった。
10彼がわたしの前にこれを開くと、その表にも裏にも文字が書いてあった。その書かれていることは悲しみと、嘆きと、災の言葉であった。
鍵となる聖句
そして彼がわたしに語られた時、霊がわたしのうちに入り、わたしを立ちあがらせた。そして彼のわたしに語られるのを聞いた。
預言者は自分の力で立ちあがるのではありません。御霊が彼のうちに入り、彼を立たせます。神の召しには、それに応える力が伴います。
彼らは聞いても、拒んでも、(彼らは反逆の家だから)彼らの中に預言者がいたことを知るだろう。
神はエゼキエルを、成功の約束とともに遣わすのではありません。彼らが聞いても拒んでも、預言者がいたことを知るようになります。反応よりも、使者の忠実さが大切です。
人の子よ、彼らを恐れてはならない。彼らの言葉をも恐れてはならない。たといあざみといばらがあなたと一緒にあっても、またあなたが、さそりの中に住んでも、彼らの言葉を恐れてはならない。彼らの顔をはばかってはならない。彼らは反逆の家である。
神はあざみやいばらやさそりがいても、「恐れてはならない」と繰り返されます。人の顔や言葉への恐れによって、託された言葉を黙らせてはなりません。
人の子よ、わたしがあなたに語るところを聞きなさい。反逆の家のようにそむいてはならない。あなたの口を開いて、わたしが与えるものを食べなさい」。
語る前に、預言者はまず聞いて受け取らなければなりません。遣わされる先の人々のようにそむかず、神が与えるものを受け入れることが求められます。
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説教が語っていること
エゼキエル書2章についてよくある質問
エゼキエル書2章の「人の子」とは何を意味しますか
神はこの書を通して、エゼキエルを「人の子」と呼ばれます。この言葉は、彼が自分を遣わす神の前に立つ一人の人間にすぎないことを示します。彼の使命は偉大さではなく、神の言葉に支えられています。のちにイエスも福音書で、この称号を自分自身に用いられます。
エゼキエル書2章の中心的なメッセージは何ですか
神は預言者を召し、御霊で立たせ、反逆の民に御言葉を告げるよう遣わされます。民が聞くという約束はありません。この章は、受け入れられるかどうかよりも、神が語られたことを忠実に伝えることが大切であり、神が従う力を与えてくださることを教えています。
エゼキエル書2章の巻物は何を表していますか
表にも裏にも書かれ、悲しみと嘆きと災いの言葉で満ちた巻物は、預言者が担うメッセージの重さを示しています。それは神から離れた民へのさばきです。預言者は伝える前にまずそれを受け取らなければならず、次の章では彼がそれを食べる場面が語られます。
エゼキエル書 2を引用している記事
口語訳(1955年)— パブリックドメイン。