聖書 — 口語訳 (1955)

ヨブ記 3

概要

七日間の沈黙の後、ヨブは口を開いて、自分の生まれた日をのろいます。この章でヨブは友人たちに語りかけるのではなく、痛みを叫びとして吐き出しています。なぜ生まれたときに死ななかったのかと問い、墓の安らぎを思い描き、なぜ苦しむ者に命が与えられるのかと問いかけます。聖書は、生々しい嘆きをすぐに正そうとはせず、そのままの場所を与えていることがわかります。

この章の3つの区分

  1. 1-10節ヨブは自分の生まれた日をのろう
  2. 11-19節なぜ、生まれたときに死ななかったのか
  3. 20-26節なぜ、苦しむ者に命が与えられるのか

1この後、ヨブは口を開いて、自分の生れた日をのろった。

2すなわちヨブは言った、

3「わたしの生れた日は滅びうせよ。『男の子が、胎にやどった』と言った夜も そのようになれ。

4その日は暗くなるように。神が上からこれを顧みられないように。光がこれを照さないように。

5やみと暗黒がこれを取りもどすように。雲が、その上にとどまるように。日を暗くする者が、これを脅かすように。

6その夜は、暗やみが、これを捕えるように。年の日のうちに加わらないように。月の数にもはいらないように。

7また、その夜は、はらむことのないように。喜びの声がそのうちに聞かれないように。

8日をのろう者が、これをのろうように。レビヤタンを奮い起すに巧みな者が、これをのろうように。

9その明けの星は暗くなるように。光を望んでも、得られないように。また、あけぼののまぶたを見ることのないように。

10これは、わたしの母の胎の戸を閉じず、また悩みをわたしの目に隠さなかったからである。

11なにゆえ、わたしは胎から出て、死ななかったのか。腹から出たとき息が絶えなかったのか。

12なにゆえ、ひざが、わたしを受けたのか。なにゆえ、乳ぶさがあって、わたしはそれを吸ったのか。

13そうしなかったならば、わたしは伏して休み、眠ったであろう。そうすればわたしは安んじており、

14自分のために荒れ跡を築き直した 地の王たち、参議たち、

15あるいは、こがねを持ち、しろがねを家に満たした 君たちと一緒にいたであろう。

16なにゆえ、わたしは人知れずおりる胎児のごとく、光を見ないみどりごのようでなかったのか。

17かしこでは悪人も、あばれることをやめ、うみ疲れた者も、休みを得、

18捕われ人も共に安らかにおり、追い使う者の声を聞かない。

19小さい者も大きい者もそこにおり、奴隷も、その主人から解き放される。

20なにゆえ、悩む者に光を賜い、心の苦しむ者に命を賜わったのか。

21このような人は死を望んでも来ない、これを求めることは隠れた宝を 掘るよりも、はなはだしい。

22彼らは墓を見いだすとき、非常に喜び楽しむのだ。

23なにゆえ、その道の隠された人に、神が、まがきをめぐらされた人に、光を賜わるのか。

24わたしの嘆きはわが食物に代って来り、わたしのうめきは水のように流れ出る。

25わたしの恐れるものが、わたしに臨み、わたしの恐れおののくものが、わが身に及ぶ。

26わたしは安らかでなく、またおだやかでない。わたしは休みを得ない、ただ悩みのみが来る」。

鍵となる聖句

3節
「わたしの生れた日は滅びうせよ。『男の子が、胎にやどった』と言った夜も そのようになれ。

ヨブは絶望的な願いで嘆きを始めます。自分の生まれた日が滅びるようにと。のろっているのは神ではなく自分自身の日であり、この言葉が、苦しみをめぐる長い対話の幕を開きます。

11節
なにゆえ、わたしは胎から出て、死ななかったのか。腹から出たとき息が絶えなかったのか。

この章で最初の「なにゆえ」は、痛みなど知りたくなかったという深い苦悩を表しています。聖書はこの言葉を手本としてではなく、正直な嘆きとしてそのまま記しています。

20節
なにゆえ、悩む者に光を賜い、心の苦しむ者に命を賜わったのか。

ヨブは、なぜ神は悩む者に光を賜うのかと問います。この問いは神御自身に向けられており、嘆きもまた祈りの一つの形になり得ることを示しています。

25節
わたしの恐れるものが、わたしに臨み、わたしの恐れおののくものが、わが身に及ぶ。

ヨブは、恐れていたものが自分に臨んだと打ち明けます。これは痛みの中での告白であり、恐れについての法則としてではなく、嘆きの文脈の中で読むべきです。

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説教が語っていること

ヨブ記3章についてよくある質問

ヨブ記3章25節はどういう意味ですか

ヨブは、恐れていたものが自分に臨んだと語ります。これは嘆きの中で自分の痛みを語った言葉であり、恐れが災いを招くという法則を示すものではありません。ここから、恐れではなく信仰を告白するようにという呼びかけを引き出す説教者もいれば、ヨブは試みを受けた人であり、神はこの言葉のゆえに彼を責めてはおられないと指摘する人もいます。

なぜヨブは自分の生まれた日をのろったのですか

ヨブはすべてを失い、その苦しみは抑えきれないほど大きなものでした。のろったのは神ではなく自分の生まれた日で、この痛みを知らずにいたかったと願ったのです。聖書がその嘆きをそのまま記しているのは、神が人の苦悩を聞いてくださり、整った言葉を求めてはおられないことを示しています。

ヨブ記3章の中心的なメッセージは何ですか

ヨブ記3章は、苦しみが絶望の叫びに至ることがあり、聖書はそれを隠さないことを示しています。この章はまだ答えを与えず、正しい人の苦しみの意味という、この書全体の議論を開きます。嘆きを胸にしまわず、神の前に持ち出すようにという招きでもあります。

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