はじめに
新しい一年があなたの前に開かれています。世界のニュースは決して安心できるものではありません。長引く紛争、国際的な緊張、経済的な不安などです。それでも、世の中の闇が深まれば深まるほど、イエス様の栄光が輝く機会も増えていきます。2026年1月4日、神戸のキリストの栄光教会で語られたこのメッセージの中で、ワタル・スガワラ牧師は、あなたにこの一年を三つのシンプルな確信をもって始めるようにと招いています。主を待ち望むこと、日々聖霊とともに歩むこと、そしてあなたを通して福音が広がっていくのに任せること、です。これは野心的な計画ではありません。心の姿勢なのです。
説教の構成
1. 同じ方向を共に見つめる
クリスチャンの一致とは、同じ速さで進むことではありません。同じ地平を見つめることです。ある人は信仰に入ってまだ日が浅く、ある人は何十年も歩んできました。ある人は走り、ある人はゆっくりと進みます。それでかまいません。大切なのは、すべての人がイエス・キリストを、そして教会を通してイエス様が現そうとしておられる栄光を見つめることです。
しかし注意してください。この栄光は建物や集会、あるいは全体の計画だけに限られたものではありません。それは、あなた個人の人生、家族、健康、仕事、家計の中にも現れます。教会が成長する一方で、その一人ひとりのメンバーが疲弊してしまうなら、それは健全な教会とは言えません。スガワラ牧師は強調します。一人ひとりの平安、安全、繁栄は、全体のそれと同じくらい重要なのだ、と。神はあなた個人を、あらゆる領域において祝福したいと願っておられます。
2. 生ける神に祈るという計り知れない特権
あなたの周りには、答えることのできない神々に祈るために神社仏閣へ行く人が大勢います。彼らは家族の安全、健康、平安、交通の無事、繁栄を求めます。結局のところ、あなたと同じことを求めているのです。違いは、あなたが祈っているのが生ける全能の神であり、その方は聞き、答えることができるという点です。「主にとって不可能なことがあるだろうか」(創世記18:14)。
この特権は計り知れないものです。これを当たり前のものにしてはいけません。この一年、あなたの道中の安全、家計、人間関係、そして何よりも、まだ神から離れている家族一人ひとりの救いを、神に持って行きましょう。
3. 日々聖霊とともに歩む
聖霊は神学的な概念ではありません。あなたと共に実際に臨在しておられる人格です。スガワラ牧師は、とてもシンプルな実践を提案します。毎朝、聖霊を迎え入れ、声に出してこう言うのです。「聖霊様、あなたは今日私とともにいてくださいます。一緒に仕事に行きましょう。一緒に掃除をしましょう。一緒に運転しましょう。」
この日々の告白は、あなたの見方を変えていきます。ちょうどよいときに浮かぶ小さな考え、摂理的な思い出し、ちょうどよい瞬間に出てくるふさわしいことば、これらはもはや単なる偶然ではありません。それは、聖霊がそこにおられるしるしなのです。あなたは毎日大きな奇跡を必要としているわけではありません。日常の何気ない出来事の中で、神があなたとともに歩んでおられることを感じる必要があるのです。
4. 権勢によらず、能力によらず、わたしの霊による
この教会の年間聖句は、ゼカリヤ4:6〜7から取られています。「これは、権勢によらず、能力によらず、ただわたしの霊による、と万軍の主は言われる。」あなたの前にある山(健康、家族、仕事、どんなものであれ)に向かって、信仰をもってこう宣言してください。「山よ、平地となれ。」その山を平らにするのは、あなたの努力ではありません。あなたのうちに働く神の御霊なのです。
5. あなたの口が、あなたの人生を形作る
ヨブはほとんど完全な人でした。神ご自身が彼を「誠実で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている」(ヨブ1:8)と描写しておられます。それにもかかわらず、彼の心の中には何か恐れが宿っていました。彼自身がこう告白しています。「私が恐れていたことが、私に降りかかり、私が怖がっていたことが、私に及んだ」(ヨブ3:25)。彼の子どもたちは滅び、彼の財産は失われ、妻は彼から離れていきました。
箴言18:21ははっきりとこう述べています。「死と生とは舌の力にあり、これを愛する者はその実を食べる。」そしてイエス様もこう確認しておられます。「あなたがたの信仰のとおりになれ」(マタイ9:29)。つまり、あなたが日々告白していることのとおりになる、ということです。
この一年、否定的な信仰を育てることを拒みましょう。「私の両親が失敗したから、私も失敗するだろう。」「私にはできない。」「うまくいくはずがない。」これらのことばは種です。むしろ、神があなたについて語っておられることを宣言することを選びましょう。勝利、祝福、平安、繁栄です。どんな困難が来ようとも、あなたの勝利はイエスにあって保証されています。
6. 平和を作り出す者となる
「平和を実現する人たちは幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです」(マタイ5:9)。もしあなたが神の子どもであるなら、あなたは家族の中で、教会の中で、職場で、あなたの周りのすべての人々の間で、平和をつくり出す者として召されています。「神の国は義と平和と喜びなのです。聖霊によって与えられる」(ローマ14:17)。「争いのある肥えた牛よりも、平安のある干からびたパンきれのほうがよい」(箴言17:1)。
この一年のためのとても具体的な原則があります。問題を大きくしないことです。大きさ1の問題は、大きさ1のまま解決しましょう。二人の間の問題は、その二人の間にとどめましょう。それを言いふらさず、本来は限られた範囲にとどまるはずだった対立の周りに、五人も十人もの人を巻き込まないようにしましょう。争いの種をまく者ではなく、平和をつくり出す者になりましょう。
7. あなたのいる場所で福音を広める
「全世界に出て行き、すべての造られた者に福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15)。あなたは地球全体を巡ることはできないかもしれません。しかし、あなた自身の「世界」は存在します。家族、隣人、同僚、毎週顔を合わせる人々です。神があなたを遣わしておられるのは、まさにそこなのです。
「主の名を呼び求める者はみな救われる。しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるだろうか。聞いたことのない方を、どうして信じることができるだろうか。宣べ伝える者がいなければ、どうして聞くことができるだろうか」(ローマ10:13〜14)。この箇所こそ、六十年以上前、スガワラ牧師の心に火をつけたものでした。同じ召しが、この一年、あなたにも届き、あなたを備えられた者として見出しますように。
そして忘れないでください。福音を他のあらゆる霊性から根本的に区別するもの、それは倫理や規則ではなく、聖霊です。聖霊がなければ、聖書的な従順は律法主義と疲弊に変わってしまいます。聖霊とともにあれば、みことばは生き生きとしたものになり、証しは自然なものになります。
8. 御霊の実を結ぶ
「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です」(ガラテヤ5:22〜23)。これは努力によって生み出すべき九つの資質ではなく、御霊が自由に住まわれるところに実る一つの実です。この一年、それがあなたの中で熟していくのに任せましょう。「もし私たちが御霊によって生きているのなら、御霊によって歩もうではありませんか」(ガラテヤ5:25)。
要点のまとめ
- 一致とは、同じ方向を見つめることです。同じ速さで走ることではありません。
- 毎朝、聖霊を迎え入れましょう。「今日、私とともにいてください」というシンプルなことばで。
- あなたの口があなたの人生を形作ります。あなたの恐れではなく、神があなたについて語っておられることを告白しましょう。
- 問題を大きくしないこと。実際の大きさで解決し、言いふらさないようにしましょう。
- あなたが福音を伝えるべき「世界」とは、あなたの周りの人々です。家族、隣人、同僚です。
個人への適用
- あなたは自分自身、家族、将来について、どのような否定的なことばを日常的に口にしていますか。今週、その代わりにどんな聖書の約束を告白できますか。
- 一日のどの瞬間に、「聖霊様、今、私とともにいてください」という習慣を築くことができますか。
- あまりにも多くの人を巻き込んでしまった対立はありませんか。それをどのように本来の大きさに戻すことができますか。
- あなたの身近な人の中で、今年福音を聞く必要がある人は誰ですか。具体的にどんな最初の一歩を踏み出せますか。
- 御霊の実の九つの側面のうち、今のあなたの人生で最も成長が必要なのはどれですか。
引用聖句
- ゼカリヤ4:6〜7・権勢によらず能力によらず、わたしの霊による
- ヨブ1:8・誠実で正しく、神を恐れる
- ヨブ3:25・私が恐れていたことが、私に降りかかる
- 創世記18:14・主にとって不可能なことがあるだろうか
- 箴言18:21・死と生とは舌の力にある
- マタイ9:29・あなたがたの信仰のとおりになれ
- マタイ5:9・平和を実現する人たちは幸いです
- ローマ14:17・聖霊による義と平和と喜び
- 箴言17:1・争いのある肥えた牛より平安のある干からびたパン
- マルコ16:15〜20・全世界に出て行きなさい
- ローマ10:11〜15・聞いたことがなければどうして信じられるだろうか
- ガラテヤ5:22〜25・御霊の実
よくある質問
聖霊が日々自分とともにいてくださることを、具体的にどう知ることができますか。
ことばによってそれを告白し、日常の小さなしるしに目を留めることによってです。ちょうどよいときに訪れる考え、ストレスの多い状況での思いがけない平安、ちょうどよい瞬間に出てくるふさわしいことばなどです。これらは偶然ではなく、聖霊の臨在を示す控えめなしるしです。毎日劇的な奇跡が必要なわけではありません。日常の中に神を認めることが必要なのです。
前向きなことばを告白することは、装いを変えたポジティブシンキングにすぎないのではありませんか。
いいえ、あなたの告白が、あなたの願望ではなく神のみことばに基づいているなら、そうではありません。この違いは根本的です。ポジティブシンキングはあなた自身の力に基づいていますが、信仰の告白は神が語られたことに基づいています。あなたはことばで現実を作り出しているのではなく、イエスにあってすでにあなたのために真実であると神が宣言されたことに、自分を合わせているのです。
対立が相手から始まった場合、どうすれば平和をつくり出す者になれますか。
まず、それを大きくしないことから始めましょう。すべての人にその対立を話さないようにしましょう。それを本来の大きさにとどめましょう。関係する人のために祈り、できるときには直接の対話を求め、分裂の霊と手を組むことを拒みましょう。平和とは、すべてに同意することを求めるものではありません。それは、争いを養うことを拒むことを求めるのです。
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