要約
エビルメロダクは、バビロンの王として列王紀下の最後とエレミヤ書の最後に登場する人物です。即位の第一年、ユダの王エホヤキンが捕え移されて三十七年目に、彼を獄屋から出し、ねんごろに慰め、一生の間、自分の前で食事をさせました。捕囚の民に、ダビデの家系は忘れられていないことを思い出させる、思いがけない恵みの出来事として記憶されています。
エビルメロダクという名前の意味
エビルメロダクは、バビロンの名がヘブル語で伝わった形で、アメル・マルドゥク、つまりバビロンの主神マルドゥクの人、と結びつけて理解されるのが一般的です。歴史家は、ネブカデネザルの子で後継者となった王と同一視します。聖書はこの名の意味を説明せず、ただバビロンの王として紹介しています(列王紀下25章27節)。
エビルメロダクの生涯
エホヤキンのバビロン捕囚
列王紀下24章8-15節エホヤキンは十八歳でユダの王となり、エルサレムで三か月王位にありました。彼は主の目の前に悪を行いました。ネブカデネザルが町を攻め囲むと、エホヤキンは母や家来たち、首長たちと共にバビロンの王に降伏し、捕らえられて多くの捕囚と共に連れて行かれました。長い捕囚の生活の始まりでした。
エルサレムの陥落
列王紀下25章1-21節それから数年後、ゼデキヤの治世にエルサレムは陥落しました。主の宮も王の家もすべての大きな家も焼かれ、城壁は破られ、多くの民が捕らわれて行きました。物語は完全な破局で終わるかに見え、エホヤキンもバビロンの牢獄に残されたままでした。
バビロンの新しい王
列王紀下25章27節エホヤキンが捕え移されて三十七年目の十二月、エビルメロダクは即位の第一年に、エホヤキンを獄屋から出しました。本文はこの行動の理由を記していません。ただ、すべての望みが消えたかに見えた三十七年の後に、この出来事が起こったことを伝えています。
王の食卓の席
列王紀下25章28-30節エビルメロダクはエホヤキンをねんごろに慰め、その位を、共にバビロンにいる王たちの位よりも高くしました。エホヤキンは獄屋の衣を脱ぎ、一生の間、常に王の前で食事をし、日々の分も王から賜りました。王位を失った者が、尊厳と栄誉を取り戻したのです。
エレミヤ書にある同じ記事
エレミヤ書52章31-34節エレミヤ書も、ほぼ同じ記事で終わります。エルサレムへの多くの裁きの預言の後、最後に記されるのは破壊ではなく、ダビデの子孫が牢から出され、死ぬ日までバビロンの王から日々の分を受けたことです。日付は、エレミヤ書では二十五日、列王紀下では二十七日とあります。
エビルメロダクから学ぶこと
- 神は異邦の王をも用いて、捕囚の中にある御自分の民に恵みを施すことができます。
- ユダへの裁きは、ダビデの家に対する神の真実を消し去りませんでした。
- 長い待ち時間は忘れられたしるしではありません。エホヤキンは三十七年待って引き上げられました。
- 一つの親切な行いが、周りから終わった人と見られていた者に尊厳を返すことがあります。
鍵となる聖句
エビルメロダクに関する中心の箇所です。列王紀下は恵みの出来事で閉じられ、エホヤキンは獄屋から出て衣を替え、一生王の食卓に着きます。
同じ記事がエレミヤ書も閉じています。多くの裁きの預言の後、預言者は捕囚の民とダビデの子孫に、一筋の希望の光を残します。
イエスの系図には、バビロン移住の後、エコニヤ(エホヤキンの別名)からサラテルが生まれたと記されます。牢から引き上げられた家系は、キリストへと続きます。
よくある質問
エビルメロダクとは聖書で誰ですか。
エビルメロダクはバビロンの王で、歴史家は一般にネブカデネザルの後継者と同一視します。聖書が伝えるのは主にひとつの行いです。即位の第一年に、三十七年間捕らわれていたユダの王エホヤキンを解放し、自分の食卓に迎えました(列王紀下25章27-30節、エレミヤ書52章31-34節)。
なぜエビルメロダクはエホヤキンを解放したのですか。
聖書は理由を述べず、事実だけを記しています。即位の第一年にエホヤキンを獄屋から出し、ねんごろに慰め、その位をバビロンにいる他の王たちよりも高くしました。読者はここに、捕囚の中でもダビデの家系を生かし続ける神の御手を見ます。
エビルメロダクの記事は聖書のどこにありますか。
ほぼ同じ内容が二か所にあります。列王紀下25章27-30節と、エレミヤ書52章31-34節です。背景を知るには、エホヤキンの捕囚を記す列王紀下24章8-17節と、エコニヤについての預言であるエレミヤ書22章24-30節も読んでください。