聖書の人物 ガリラヤの重い皮膚病の人

生涯、名前の意味、人生の教訓

要約

ガリラヤの重い皮膚病の人は、福音書が名を記していない男性です。イエスがガリラヤの諸会堂で宣べ伝えておられるころ、彼はひざまずいて、きよめてほしいと願いました。イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、きよめられました。マタイ、マルコ、ルカが伝えるこの出来事は、社会から退けられた人々に対するイエスのあわれみと力を示しています。

ガリラヤの重い皮膚病の人という名前の意味

福音書は彼の名を記さず、ただ重い皮膚病にかかった人と呼びます。ルカは、全身がその病に冒された人と記します(ルカによる福音書5章12節)。ガリラヤの人と呼ばれるのは、マルコがこの出来事を、イエスがガリラヤ全地の諸会堂を巡っておられるときに置いているからです(マルコによる福音書1章39-40節)。

ガリラヤの重い皮膚病の人の生涯

  1. 社会から退けられた人

    レビ記13章45-46節

    モーセの律法では、重い皮膚病の人は衣を裂き、髪をほどき、口ひげをおおって、汚れた者だと叫ばなければなりませんでした。病気の間は宿営の外にひとりで住みました。この病は、体の苦しみに加えて、深い孤独をもたらしたのです。

  2. 信仰に満ちた願い

    マルコによる福音書1章39-40節、ルカによる福音書5章12節

    イエスがガリラヤの諸会堂で宣べ伝えておられるとき、重い皮膚病の人が来ました。彼はひざまずき、ルカによれば顔を地に伏せて、「みこころでしたら、きよめていただけるのですが」と願います。イエスの力を疑わず、ただ願いをイエスのみこころにゆだねたのです。

  3. イエスがさわる

    マルコによる福音書1章41-42節

    イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われました。すると重い皮膚病はただちに去り、その人はきよくなりました。言葉だけでもいやせたのに、だれも触れなかった人にさわられ、病は主の手に触れて消えたのです。

  4. 祭司に見せなさい

    マルコによる福音書1章43-44節、マタイによる福音書8章4節

    イエスは彼をきびしく戒めてすぐに去らせ、だれにも話さず、祭司に体を見せ、モーセが命じた供え物をきよめのためにささげて、人々に証明するよう言い聞かせました。イエスは律法を尊重されました。律法は、きよめを確かめ、その人を共同体に迎え戻すことを定めていたからです。

  5. 隠しきれない知らせ

    マルコによる福音書1章45節、ルカによる福音書5章15-16節

    しかし彼は出て行って、起こったことを盛んに語り広め始めました。そのため、イエスはもはや表立っては町に入れず、外の寂しい所にとどまられましたが、人々は方々からイエスのもとに集まりました。ルカは、イエスが寂しい所に退いて祈っておられたことも記します。

ガリラヤの重い皮膚病の人から学ぶこと

  • 自分が汚れていると思うときも、見捨てられたと感じるときも、ありのままでイエスに近づくことができます。
  • 問題はイエスにできるかどうかではなく、イエスのみこころに信頼できるかどうかです。
  • イエスは人々が避ける人にさわられます。そのあわれみは、教会にも同じようにするよう招いています。
  • いやされた後にも従順は大切です。イエスはこの人に具体的な指示を与えておられました。

鍵となる聖句

マルコによる福音書1章41節

イエスは深くあわれみ、手を伸ばして彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われました。主の心、手、言葉が一つとなり、律法で遠ざけられていた人をきよめます。

マタイによる福音書8章2-3節

マタイはこのいやしを山上の説教の直後に置いています。ひれ伏した人の願いは、へりくだりと信頼の模範であり、すべてを主のみこころにゆだねています。

レビ記13章45-46節

律法は、衣を裂き、警告の叫びをあげ、宿営の外でひとりで暮らすという、この病の人の境遇を定めています。この箇所は、彼にさわったイエスの行いの重さを教えてくれます。

ガリラヤの重い皮膚病の人についての説教

よくある質問

イエスにいやされた重い皮膚病の人の名前は何ですか。

福音書は彼の名を記していません。マタイ、マルコ、ルカは、ただ重い皮膚病の人、または全身が冒された人と呼びます。ルカによる福音書17章の十人の重い皮膚病の人で、感謝に戻ったのはサマリヤ人ひとりだけでしたが、彼とも、ベタニヤの重い皮膚病のシモン(マルコによる福音書14章3節)とも混同しないようにしてください。

なぜイエスは重い皮膚病の人にさわられたのですか。

マルコは、イエスが深くあわれんでおられたと記します。ほかの場面のように言葉だけでいやすこともできましたが、律法によって孤独に生きるよう定められた人にさわることを選ばれました。イエスは病に冒されるのではなく、病んだ人にきよさといやしを伝えられたのです。

いやされた重い皮膚病の人の記事は聖書のどこにありますか。

この出来事は、マタイによる福音書8章1-4節、マルコによる福音書1章40-45節、ルカによる福音書5章12-16節にあります。イエスが深くあわれまれたことと、その人が後に知らせを広めたことを記すのはマルコだけです。病の人の境遇を知るには、レビ記13章45-46節も読んでください。

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